王女様の策略

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 ブローチを持って、王女様と、王女様の侍衛を務めるわたくしの兄が待つ庭園へ向かいました。噴水の縁に腰掛けた王女様は、何もない(くう)を見つめたまま、すこしも動かれません。王女様は、まるでお人形のように可憐な方です。絹糸のような御髪は豊かで、その隙間から覗く眉は、夜空に浮かぶ細い月のよう。大きな丸い瞳の上側を縁取る線は左右がきっちり同じ幅で、睫毛は長く繊細で、鼻は高く、薄い唇は薔薇の花びらのような赤色。磁器のように白い肌に透ける微かな血の色だけが、唯一、わたくしと同じです。  血の流れは確かに感じるのに、今、わたくしの目に映る王女様は、本当のお人形のように思えました。うつくしい青い目が光を失くしていて、お人形の目にはめ込まれたガラス玉のように見えたからです。   そうまでして、私とレオンを引き離したいのね。  王女様がそう仰ったときの目と同じです。あの日から、王女様はたびたび、このような目をされます。  わたくしに気付かれると、王女様はわたくしに微笑んでくださいました。青い瞳は夏のはじまりの日差しを受けて、光を取り戻しておりました。 「ごめんなさいね。ありがとう」  王女様はわたくしからブローチを受け取ると、それをラベンダー色のドレスの首元にお付けになります。「私ったら、お母様のところへ行くというのに、これを忘れるなんて」そう、小さな声で呟かれながら。 「行きましょう」  王女様の後に、わたくしと、わたくしの兄が続きます。  王女様は、先日、十七歳になられました。五年前に亡くなられたお妃様に、そのご報告に向かわれるのです。瑞々しい日差しが降り注ぎます。光を透かした王女様の後ろ姿は、まるで聖書の中の聖女様のように見えました。  この国は平和です。王位第一継承者であらせられる王女様が、侍女と、ひとりの侍衛を供に付ければ出かけられるくらいに。海を隔てた隣国では、革命が起きて、多くの血が流れました。先に生まれた王女様が後に生まれた王子様より王位の継承権が後になるのはおかしいと、それをきっかけに起こった革命だったようです。このシェーナ王国で、そのような恐ろしいことは起こるはずがないと思っておりました。だってシェーナでは、王女様にも王子様にも平等に王位継承権があるのですから。  わたくしは、瞼の裏に残る王女様の筆跡をどうすれば良いのでしょう。王女様、と心の中で呼び掛けても、当然、王女様には届きません。それでも、わたくしは何度も何度も呼び掛けてしまいました。王女様。王女様。王女様。華奢な背中は、ただまっすぐに前を向かれています。  王女様、王位の簒奪を策すほどに、レオンのことを愛していらっしゃったのですね。
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