王女様の策略

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 ヴィンセント・カールシュテイン様がわたくしに声を掛けられたのは、それから数日が経った夜のことでした。王女様のもとを辞し、王宮の中庭を歩いていると、柱の陰から名前を呼ばれました。闇の中、息を呑むと、口元に人差し指を当てたカールシュテイン様が佇んでおられました。 「こちらにおいで。少し訊きたいことがあるんだ」  わたくしを安心させるように微笑んで、手招きをされました。おそるおそる、カールシュテイン様の傍に寄ります。 「王位の簒奪」  その言葉に、わたくしはびくりと肩を竦めます。 「王女殿下について、何か知らないかい?」  カールシュテイン様の声は、あくまでやさしいものでした。からからに乾いたのどの奥から、「知りません」という言葉を引き出しました。けれども発した声は明らかに震えていて、わたくしの身体には汗がにじみます。俯くわたくしに、「本当に?」と追い打ちの言葉が掛かります。わたくしは頷きました。するとカールシュテイン様は、先程よりも、ずっとやさしい声を出されました。 「私は、殿下を助けたいのだよ」  わたくしが顔を上げると、カールシュテイン様は、悲しげな微笑を浮かべておられました。 「不穏な噂を耳にしてね。殿下が、方々に手紙を出されていると。陛下のやり方についていろいろと問題提起をされているということだが、私としては、それだけでは済まないように思えてならない」  静かな声が、わたくしの耳に確かな言葉を届けます。 「アリシア王女殿下は王位第一継承者であらせられる。陛下が、王位継承についてこれまでの定めを変えられたからだ。それによって、女子も王位を継承できることとなった。けれども旧い伝統を重んじ、それをよく思わない者たちもいる。むしろ、そういった者の方が多いと思った方がいい。殿下が声を掛けたとて、それに応えるものが果たしてどれだけいることか」  王女様のうつくしい筆跡が、わたくしの頭をよぎります。身体の前で組んだ手がぶるぶると震えているのが、自分でも判りました。「これは、たとえばの話だけれど」と前置いて、カールシュテイン様ははっきりと述べられました。 「もしも殿下が王位の簒奪をお考えならば、それは必ず失敗する。未遂で発覚するのならばまだいい。しかし実行したとなると、王への不敬罪だ。王位継承権の剥奪で済めばいいところだろうね」  わたくしは肩を竦めます。するとカールシュテイン様が、わたくしの肩にそっと手を置かれます。 「もしも君が何か知っているなら、教えて欲しい。私は、殿下をお助けしたいのだ」  カールシュテイン様は、強い瞳でわたくしを見つめられます。 「王女様を、お助けくださるのですか?」  弱々しい声を発すると、「もちろんだ」と強い声が返ってきました。 「私は、王女殿下を愛しているのだから」  カールシュテイン様は、はっきりとそう述べられました。
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