1.屋根裏の書簡

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 ハムス・カーは当時、王立アカデミーの理事を務めていて、その世界ではかなりの著名人だった。死後七十八期が経つが、いまだに時々古い専門書で名前を目にすることがある。その曽祖父が活躍したおかげで、我が一族は王立アカデミー永世理事の称号を得た。つまり理事の世襲が許されているのだ。祖父、父とその系譜は続き、あと十期ほどを経たころには僕も理事に就任することになるだろう。そのときに備えて、今は大学で修行を積んでいる身だ。  輝かしいカー一族の礎を築いた曽祖父の業績が、この粗末な箱の中に詰まっている。そう思ったら、その中身に興味が膨らんでくるのは当然な感情だと思う。僕はボロボロに朽ちている本を一冊ずつ丁寧に箱から取り出し、そのページをペラペラとめくった。  何冊かは興味をそそられる内容もあったが、大半はすでに打ち捨てられた学説をもっともらしく主張しているだけだった。しかし、それは仕方のないことだ。これらの本が編纂されたのは、今の王から数えて四代前のイホシス王の時代。それ以後、新たな発見が相次ぎ、学問は日々進化してきた。これだけ長い時を経てしまえば、学説が古臭くなるのは当たり前だ。  三十冊ほどを取り出した時、箱の底近くに比較的大きな文箱を見つけた。めったにお目にかかることのない立派な箱だった。その文箱はこの屋根裏を支配している埃と黴を寄せ付けず、漆黒の表面が鈍い輝きを放っていた。芸術品のごとく黒く輝く表面の技法については聞いたことがある。遥か昔、東方に存在していた文明の遺物を基に、我が国の技師たちが数代にわたって研究を重ねて、確立した工芸だという。植物の樹液を薄く何度も重ね塗りするのだが、この樹液が人の皮膚をかぶれさせるらしく、我が国ではその美しさの割には普及していない。貝殻の裏側を使った虹色の装飾がとても美しい。僕は箱の中身への好奇心を大きく膨ませた。  僕は文箱を開けてみた。その中には、手書きの書簡と書類の束が収められていた。書簡の署名はハムス・カー。曽祖父が自ら記した手紙だった。 「ジェド、ジェド」  階下で母上が大きな声で私を呼んだ。 「お茶の時間よ、下りてらっしゃい」  お茶の時間に家族が勢ぞろいするのは、カー家の伝統だ。これを反故にすると、後々の小言が煩わしい。私は文箱を抱えて、屋根裏の部屋をでた。
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