2.遺言

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2.遺言

 家族のティータイムを早々に抜け出した僕は、自室にこもって、曽祖父の遺言書を何度も何度も読み返した。  愛する我が子孫へ                         この書簡を残すべきか否か、私は長い間迷い続けてきた。命脈がまもなく尽きようとする今も、正直、この行動が正しいものなのかどうか、確信を持てずにいる。  私は学者人生の大半の時間を、あのオムスで起こった出来事の詳細を後世に残すべきかどうかで葛藤し続けてきたような気がする。しかし、どうやら科学者の端くれとして、一連の事実を闇に葬り去ったまま、神の世界に行くことはできそうにない。  しかしながら、この小箱に記録を残すことは、国王陛下や王立アカデミーとの約束を破る行為である。オムス事件を封印することと引き換えに、我が一族はアカデミー理事の世襲を許された。この箱の中身が世間に知れ渡ったとき、我が一族は破滅する。  誰にも伝えてはならないものを、なぜ残したのか―この書簡を読む子孫は、私の行動に疑問を持つであろう。それに対する答えは残念ながら明瞭ではない。 動機はともあれ、これを読んだ子孫は、私の書簡や報告書を世間に公表する訳にはいかぬことを、直ちに理解し、私と同じく大いなる葛藤を抱くことになる。それは個人で抱えきれぬほどの重荷となるやもしれぬ。子孫にそのような思いを科してしまうことになったら、それは心苦しい限りだが、小箱の中には一族の将来を台無しにしてしまうほどの極めて重大で危険な秘密がある。 繰り返すが、箱の中身のことを誰にも話してはならない。これを読んだのなら、重大な秘密を抱えたまま、死ぬまで葛藤を続け、神経を擦り減らすことになる。この重荷を背負うのは辛く、苦しいことだ。もし、少しでも恐れるなら、中身を読む前に今すぐ文箱を元あった場所に戻し、全てを忘れてほしい。それを責めることなど私にはできようはずもない。  ただし、これを読むことを選択したのならば、私がこのような行動に至った心情を理解し、同じ考えになってくれることを望むのみだ。  愛する子孫よ。 願わくば、この記録を後世に引き継いでもらいたい。ひっそりと確実に。いつか、日の目をみるときが来るかもしれない。私がなぜそれを望むのか―文書を読んだ子孫なら理解してくれるであろう。即ち、オムス事件の教訓を明らかにすることが、人民にとって利益となるからだ。 これは誰にも直接伝えることができなかった私の遺言である。 神のご加護を。 ハムス・カー
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