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8.資料室
警備員から連絡を受けたのか、エントランスでは一人の女性が僕を待ち構えていた。
「こんにちは」
長い髪を後ろで一つに縛り、化粧もほとんどしていない地味な女性だった。
「ルル・アテンです」
そう言って女性は微笑んだ。派手さはないが美人だった。
「ジェド・カーです。約束もせずにお邪魔して、申し訳ありません」
ルルと名乗った女性は小さく首を振った。
「構いませんよ。ご覧の通りの施設です。訪ねる人は多くありません。それより、この療養所の歴史を調べたいとか…」
「はい。伝染病治療の歴史を調べている中で、どうしても王立療養所に触れる項目が必要になりまして…」
「それで、わざわざホルムンへ」
ルルは怪訝そうな顔つきをした。確かにこの場所は「ちょっと調べもの」をするために、アポなしで訪れるような場所ではない。
「ホルムンの街で親戚の葬儀があり、急に来ることになりました。いずれは訪れたいと考えていたので、迷惑を顧みず足を延ばしてみました」
「昨日の葬儀というと、ライム家とご関係ですか」
僕は心臓を鷲掴みされたようになった。ここは田舎だ。発生する葬儀は数少なく、地元の誰もが知り得る。この言い訳は失敗だったのか…。だが、引き下がる訳にはいかない。僕は心の動揺を抑えつつ、平静を装って答えた。
「ええ。父の代からのお付き合いがありまして…」
関係をこれ以上匂わすのは危ない。僕は額や脇の下に嫌な感じの汗を感じた。だが、ルルはすんなりと言った。
「ライム家はこの地域の有力者ですからね。アカデミーの永世理事とご友人であっても不思議ではありませんね」
ルルは再び微笑んだ。どうやら疑われてはいないようだ。僕は心の中で安堵の息を吐いた。
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