3.上奏

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 いかにも前文明が存在していたかのような通俗的な論文は過去にも多数ありました。大半は科学的根拠に乏しく、無視されるべき内容でしたが、その中のいくつかにはアカデミーとしても捨て置けない内容の論文もございました。そのような折、ケルヒ氏は純粋に学術的見地から、似非科学的な学説に対して丁寧に論駁してきました。ですから、ケルヒ氏自身から「前文明の存在を証明する重要な遺物が見つかった」「すぐに調査チームを派遣すべきだ」と力説されて、戸惑ったというのがそのときの正直な心境でございます。  これまでのケルヒ氏の実績、識見を考慮したとき、彼の申し出を一言で却下することは、科学者としてとるべき態度ではないと感じたのは事実であります。正直なところケルヒ氏ほど確信は持てませんが、可能性があるのなら大規模な調査を実施することが、学問に身を投じたものの責任だと考えました。  当然のことですが、科学的な立証がきちんとされるまで、オムス遺物に関する情報は厳格に秘匿致します。調査結果が得られた後もその影響を慎重に分析し、情報の管理を徹底する所存でございます。  調査地点はかなりの遠方にございますので、調査期間は長期に及び、費用もそれなりに必要となりますが、それにつきましては王立アカデミーで責任をもって手当て致します。  調査隊のメンバー選定はケルヒ氏に一任し、過日、彼から教え子の国立科学大学考古学教室のハル・ラルヒ准教授をリーダーにしたいとの報告がございました。  国王陛下のお許しがいただけましたら、調査出発はイホシス王の二十四期、七月二日が適当だと考えております。温暖期の方が現地に接近しやすいというのが、時期選定の理由であります。  御裁可のほど、よろしくお願い申し上げます。
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