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第四章 ドラゴン
やっぱりおかしい。
私は、おかしい。
私の何がおかしいかと言うと、人間として成立してはいけないような生活をしていても、全然大丈夫なのだ。
森で暮らし始めてから、私はドラゴンさんに飲まされた薬以外の物を一度も食べたり飲んだりしていない。摂取している物がないので汗もかいてないし、排泄もない。それに体と洋服も汚れたり、臭くなったりしていない。これは多分、人間としてはおかしい。
そう、「人間としてはおかしい」というこの感覚もよくわからないのだ。記憶はほとんどないはずなのにドラゴンさんの人間の姿を「普通の人間」と比べることができたり、自分の家が「普通の家」より小さくて粗末なことも理解できる。なのに、自分が誰で、何をしていたかが思い出せない。思い出せるのはミシュカという名前だけ。なぜこんなに都合よく記憶が抜けてしまっているのだろう。
このことをドラゴンさんに言っても何も答えてくれなくて、むしろ機嫌が悪くなってしまう。
ヴィヴィに一度、聞いてみたことがある。私がヴィヴィの薬品作りの手伝いをしてほしいと彼女の家にお邪魔した時のことだった。
「ねぇ、ヴィヴィさん」
謎の怪しい葉っぱをすり潰しながら聞いた。葉っぱからでるはずではないような甘い香りがして頭が少しクラクラしていた。
「何だい、ミシュカ」
「私、なんで記憶がない上に普通の人間とちょっと違うの?」
ヴィヴィは読んでいた本から顔をあげた。
「……どうして今更、そんなことを私に聞くのさ?」
「ドラゴンさんはこういうこと言うと機嫌が悪くなっちゃうの。でも、ちょっと自分の過去とか気になっちゃって。普通気になるじゃない」
「機嫌が悪くなるのか、あいつらしいな。私は、お前は知っておくべきだと思うんだがね」
苦笑しているヴィヴィは少し寂しそうだった。
「それってどういうこと?」
私も手を止める。
「まあ、私からはあまり言えないし、言うつもりもないが……あいつもあいつなりに苦しんでるのさ。本当に馬鹿なやつでねぇ、私の忠告を全然聞かない」
「忠告ってーー」
「ミシュカができることは」ヴィヴィが立ち上がった。「ちゃんと仕事をして、あいつの言いなりになってあげることだけだ」
そして、彼女は私のすり潰している葉っぱの中に色々な木の実やら謎の粉などを足し、混ぜといてくれ、とだけ言うと本を持って家から出て行った。
私は一人、取り残された。
「言いなりって……なんか、嫌な言葉だな」
しかし、なぜか焦りを感じた私は、ヴィヴィの言うとおりに薬品の元を一生懸命混ぜ始めた。
焦りは自分の家に帰った後もなくならなかった。妖精と話して服を作っている間も、私はずっと、こんなことしてて良いのかな、とか、他にしなくちゃいけないことがあった気がする、と思って落ち着けずにいた。
なんでドラゴンさんは私をこの家に居させようとしているのだろう。今日は来ていないが、一日中私の家に居座ることが最近は多い。妖精の服の材料がなくなりそうになると私が頼む前に持ってくる。
あれは、監視?
さすがに寝る時は自分の家に帰っているようだが、夜は怖いので私はなるべく家から出ないし、ドラゴンさんはそれをわかっている。
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