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女王が出産により他界したのはドロテアが十歳の時だった。
アメルがいつものように扉をノックしてドロテアの部屋に入ると、彼女はすでに決められた葬儀服を着てアメルを待っていた。
「遅かったじゃない。行きましょう」
「はい」
葬儀の間も、ドロテアは完璧な王女だった。普段のはしゃいだ様子からは予想がつかない、彼女がほとんどの人間に使う「外の顔」が、いつもは関心するだけなのに、今日はアメルには痛々しく思えた。
母親と、生まれなかった兄弟が死んだばかりの王女。
涙は見せないが、笑顔もむやみやたらに振りまかない。いつもより少し落ち着いた、低めの声で挨拶をし、父親の顔を立てる。ドレスにもシワ一つつけない。二つ年下の泣きじゃくる弟とは対照的だった。
相変わらず、年齢にそぐわない振る舞いをするお方だ。
葬儀が終わり、部屋に戻ると、ドロテアはベッドに突っ伏した。
「疲れたわ」
「ドロテア様……」アメルは近くに行くべきか少し迷い、ドアの前で立ち竦んだ。「だいじょう、ぶ、ですか」
ドロテアは少し間を置き、ベッドから立ち上がってドアの前のアメルに歩いて近づいた。
そして、いつもの笑顔で彼女は言うのだった。
「大丈夫に決まってるじゃない」
その時、アメルは思った。
ドロテア様は、私の前では素の自分を見せられるのだと思っていた。私には、気を許してくれているのだと思っていた。
あの笑みでさえ作り物だと言うのだろうか。ならば、ドロテア様の「本当の笑顔」とは、一体どんなものなのだろう。私はまだ、それを見たことがないのだろうか。
せめて私といる時だけでも、ドロテア様には好きに生きて欲しい、と。
そして、六年後。十六歳のドロテアを好きに生きさせた結果、アメルはとんでもない所にたどり着いてしまった、と思っていた。
バハルに付いて行った二人は、自分達の前の建物を見て各々の感想を抱いていた。
「ああ、見た目は少し粗末ですが、中身は綺麗ですから、心配なさらずに」
「本当にこの中にミシュカがいるんですか?」
「はい、さあ中へどうぞ」
自分の質問に対するバハルの答えに、アメルは疑いしかなかった。
また、二人でバハルに背を向けて話し合う。
「いやいやいや怪しいでしょう、どう見ても!」
「そうね」
「……どうするんですか。入るんですか」
「ここまで来たなら引き返せないと思うのよ」
「でも」
アメルは目の前にある建物を横目で見た。
どう見たって怪しい。とても大きく、古そうながらも立派な建物だった。庭の手入れがあまりされていない所を見ると、恐らく捨てられた貴族の別荘あたりのなにかだろう。こんな所にミシュカがいることが怪しいし、この人がここを王国の許可をとって利用しているのかが疑わしい。
そして、一番の問題は、立地だ。王国の首都であるこの城下町は、三方を深い森に囲まれている。その森の端が、館のすぐ後ろに迫っているのだ。つまり、ここは城下町の中でも一番辺境であり、王城からもっとも遠い。どうりで着くのに時間がかかるわけだ。
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