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第五章 ドラゴン
私が今いるのは、恐らく、人身売買所だ。なぜそう思うか、その説明をするためには少し時間を遡らなければならない。
自分で自分の正体を突き止めようと決心した私は、とりあえず森の外に出て人間を探そうと思った。人間に会えば、何かしらのことはわかるかもしれない。
もちろん、無理そうならすぐに引き上げ、満足したらすぐに帰るつもりでいた。
森を抜け出すのならば、夜が一番だろう。日中はドラゴンさんがずっと私の家に居座っているし、私が怖がって夜は出かけられないと思っている(実際怖くてあまり外には出たくない)。森の中を歩いて迷うこともなくなったので、大体どの方向に行けば人里なのかは把握しているから、抜け出すのはそんなに難しくはないはずだ。
幸い、願い通り、私は案外簡単に森の外に出られた。途中でまた寝不足なのかこの間と似ている目眩に襲われたが、どうにか振り払って進んだ。最後まで妖精にもヴィヴィにも、もちろんドラゴンさんにも気づかれなかった。
森を抜けたすぐ外には、大きな建物があった。私の家の数倍以上の大きさだ。でも、壁に生えていた蔦などの植物と夜の闇のせいで立派な建物がかなり不気味に見えた。
周りを見渡すと、他に家などがある様子はなく、仕方がないのでこの建物の中に入ろうと思った。もう少しで夜明けだから、もし住民がいるなら起きていてもおかしくない時間だ。
入り口はどこだろう、と建物の周りを半周すると、大きな扉を見つけた。
一応髪やドレスの裾を手で整えてから、扉を三回、コンコンコンと叩く。
「すみませーん」
しばらく返事は来なかった。
誰も住んでいないのかもしれない、と思って扉に手をかける。そうならば勝手に入っても誰にも迷惑はかけないだろうから、もう少し明るくなるまでここで待たせてもらおう。
扉を開けようとしたら、予想よりも軽くて後ろによろめいた。
ふと扉の向こうを見て、私と同時に向こう側から扉を開けようとした人がいたことを理解した。第一印象は重要だ、と思って挨拶をしようとする。
「あ、おはようございまーーごふぇっ」
急に腕を掴まれ、視界が流れるように変わる。地面に叩きつけられ、後ろでバタンという音がし、顔をあげると頑丈そうな男の人が扉を閉めていた。
私は建物の中に無理やり引きずり込まれたようだ。
え、なんで?と聞こうとしたが私が何かできる前に、後ろから両腕を引っ張られ、気づいたら両手が後ろで縛られていた。
「地下に連れてくぞ」
扉を閉めた男の人が言った。
「うっす」
私の手を縛った人が言った。声からして若い男の人のようだ。手下なのだろうか。
「えちょっと」
私が戸惑っている間に、二人の男は手際よく床の一部を外し、現れた穴の中に私を落とした。というか、投げ入れた。
ドスン、という音がして背中に痛みが走る。そんなに大した距離は落下していないが、なかなかに痛い。
うううぅ、と地面で悶えている私を一切気にかけず、男達は穴から私のいる地面まで伸びているはしごをつたって降りてきた。
「こいつ、こんな雑に扱って良いんすか?売りモンにするんでしょ?」
「まあ、そんくらいじゃ死なないだろ」
この会話から、私は、自分がよりにもよって人身売買所の扉をノックしてしまったのだと察した。なんと運の悪い。こんな偶然、あるのだろうか。
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