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第一章 王女
「う〜お〜」
若い女性の声が広い廊下に響く。
声を発した侍女、アメルは悩んでいた。
彼女は先ほど、国王から「姫をもっと勉強熱心にしろ」と無茶な命令をされ、王国の王女の専属侍女としての自分の責任と向き合うのが心底面倒になっていた。目の前の扉の向こうにいる王女を、いかにして真面目にするべきなのか。それは王様なんかに言われなくても彼女の最近の一番の悩みだった。
しかし命令を遂行できなければ解雇、最悪死刑だ。諦めるわけにはいかない。
アメルは大きく息を吸い、ふーぅ、と息を吐くと、扉を三回、コンコンコンときつく握った手で上品に叩いた。
大丈夫、長年あの王女様の世話をしてきた私なら、きっとどうにかできる。はず。
「どうぞー」
部屋の中から気の抜ける声が聞こえた。
アメルが扉を開けると、部屋の中で彼女の悩みの元凶が楽しそうに床から手を振った。その周りにはたくさんの散らばった本と新聞。
元凶が口を開いた。
「アメルどうしたの、こんな時間に」
「ドロテア様……」アメルが静かに扉を締め、床の少女に言った。「『こんな時間』、じゃないですよ。あと少しで先生がいらっしゃるんです、早く用意をなさってください。あと一国の王女が床で寝っ転がるものじゃありません!もし入ってきたのが私じゃなかったらどうしてたんですか」
ドロテアと呼ばれた少女は姿勢を変えずにふふふと笑った。
「あら、でも私の部屋に入る前にノックしかしない人なんてあなたくらいじゃない」
アメルは大きなため息をついた。
「そういう問題じゃないんですよ」
それを眺めて、王女は気にせず口を開く。
「そんなことよりも、アメル、聞いてちょうだい!」
「…………なんですか」
「興味深い情報が入ってきたのよ」
あー、すごい聞きたくない。とアメルは思ったが、ドロテアの「情報」を拒んでも無駄なことを彼女はよく理解していた。
「今度はなんですか」
「今回のは今までの事件とはわけが違うの」
「というと」
「とても重大な情報よ」
「なにがあったんですか」
自分の優しさを限界まで酷使して聞いた侍女に向かって、ドロテアは嬉しそうに地面に落ちていた紙のうちの一つを持ち上げた。
パン屋の広告チラシの裏に走り書きされた字。情報屋の持ってきたものだろう。
上品で可憐なことで有名な王女様が情報屋、しかもこんな怪しげな連中を雇ってるのって国民が知ったらどんな反応をするのだろうか、とアメルは素直に知りたくなった。
紙に書いてあるかなり汚い字を読む。
「少女消失事件が途絶えた……?」
少女消失事件とは、ここ半年ほど王城を騒がせていた数件の騒動のことだろう。
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