第一章 王女

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 ドロテアがあまりに興味津々なので、アメルもこの件に関してはかなり詳しくなっていた。王城の侍女や召使いとして働いていた十代の少女が、一週間に一人ほどの頻度で突然、何の前兆もなしに消えていったのだ。兵を増やしたり、女性の使用人の夜間の外出を制限したりなどの対策が取られたが、消失はなかなか途絶えず、王城の少女達は毎日怯えていた。アメルも気をつけるよう勧告を受けた。  しかし、その消失が突然途絶えたらしい。なるほど、確かに興味深い。興味深いが……。  またため息をついた。  「ドロテア様がこの件に関わる必要はないでしょう。これは王城の兵にでも任せておけば良いんです。そんなことよりも、先生がいらっしゃってしまう前にお部屋を片付けて身支度を整えないと」  「あら、でもあなたいつも言ってるじゃない、国民を守るのが王女の仕事だって。これもそのうちに入ると思うのだけれど。それに、兵に任せるって言ったってみんな今忙しそうでしょう?隣国との仲が悪かったり、またドラゴンが誕生したせいで襲撃に警戒しないといけなかったり、とか問題山積みだし」  屁理屈を並べてドロテアは立ち上がり、くすんだ緑色のドレスの裾をパンパンと叩いた。いつもと比べて随分と装飾が少ない、地味で動きやすそうなドレスだ。  あんなドレス、この人持ってたっけ、とアメルは一瞬考え、すぐにそれを着ているドロテアの意図に気づいた。  「ドロテア様、そのお召し物、まさか、外にーー」  「ふふ、ドレスはただでさえ歩きにくいもの、いつものなんて着れる訳ないじゃない」  「ダメです!」  王女は専属侍女の言葉を聞こえなかったかのように地面に落ちてる資料を数個選び、アメルの手から情報屋のパン屋チラシをスッと取ると、部屋の入り口のドアノブに手をかけた。  手を伸ばしてその首根っこを掴む。  「ちょっと待ったぁああ」  アメルはドロテアを部屋の真ん中に引きずり返した。  「ごふぇ、ごふっ、ぐふ。……何かしら?」  首へかかった圧で数回咳き込んだドロテアが、不機嫌そうに顔をあげる。  アメルはすかさず彼女とドアの間に立ちはだかり、言った。  「さっきからずっと言ってるじゃないですか!先生が授業をしにもう少しで到着するんですから、どこにも行かせませんよ。私は、国王様からドロテア様をもっと勉強熱心にしろと言われたばかりなんです!」  ドロテアはフッと笑って腕を組んだ。その自信有り気な仕草にイラっとする。そんなアメルの顔を見て王女はやれやれと腕を広げて鼻から息を噴射した。  「なにが言いたいんですか!」  「授業なんか受けなくたって私はちゃんと勉強してるし、先生が居なくても基礎的な教養程度ならきちんと身についているわ。現に前回の抜き打ち試験も満点だったじゃない」  アメルは歯ぎしりをした。悔しいことに、事実だ。ドロテアは頭脳明晰で基本なんでもできてしまう人間で、王国史や国語などの学業以外にも手先が器用だったり運動ができたりする。  「……宿題は?」  「もちろん終わらせたわよ。前回はそのせいで外出できなかったんだもの」  二人が数秒間見つめ合う。  「…………今回だけですよ」  ドロテアの顔が急に晴れやかな笑顔に戻った。そして、アメルに駆け寄って抱きつく。  「ありがとう、アメル、大好き!」  「どうせ私の許可なんかなくたって行っていたでしょう、あなたは」  「まあ、そうね」  そう言ってドロテアは手を離すと、アメルの横をすり抜け、入り口のドアノブに手をかけた。  アメルはまた、その首根っこを掴んで動きを止める。「ごふぇ」っとドロテアから不思議な音が出る。  「で、どこに行く予定なんですか、そんな物を着て」  「あら、そんなこと聞いてもあなたには関係ないじゃない」  アメルは振り返ったドロテアの肩を掴み、その目を覗き込んだ。  「私も行きます」
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