第二章 ドラゴン

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 「じゃあねー。今日はもう終わりにするから次の妖精さんには明日来るように伝えといてね」  と原っぱに帰る妖精を見送ると、私は一息ついてから作業台の上を眺めた。  明日も一日中服を作るとしたら、どう考えても材料が足りない。先ほども色の選択肢が少なくて妖精の希望に完全に添えなかったかもしれないし、新たに調達する必要がある。  「ヴィヴィさんに頼めば良いのかな」  床から立ち上がって家のドアを開けた。  実は、外に出るのは数日ぶりだ。  私の家は森のかなり奥の方にある。ドラゴンさんが家をこっそり作れたのもそのお陰だ。  しかし「奥の方」とはわかっていても、まだ森に来て一週間と少しほどしか経っていない私は、まだどこに何があるのかいまいち把握できていない。ドラゴンさんもヴィヴィも住処があるようだが、行った事もないしどんなところかさえ知らない。  よって、ここからどこにどうやって行けばヴィヴィに会えるのかもよく分からない。しかし立ち止まっていては絶対に見つからないままだ。とりあえず彷徨っていれば誰かしらには会えるだろう。私は適当な方角に歩き始めた。  当たり前だが、しばらく経つと私は迷子になってしまっていた。想定外の事態だ。  どうやら、森の広さを侮っていたようだ。右を見ても左を見てもどこを見ても、木、木、木、そして更に木。たまに鳥とかはいるがいたところで何の役にも立たないし、ドラゴンさんといる時と違って私一人だと木が道を作ってくれないからとても歩きづらい。しかもなんか日が暮れ始めているような気がする。  「どうしよう……」  引き返そうとしたところで更に迷うような気しかしないし、このまま立ち止まっていても夜が来てしまうだけだ。夜を原っぱで過ごすのは、妖精もたくさんいたし周囲の見通しもよかったのであまり怖くなかったが、さすがに深い森の真ん中で寝るのは怖い。  なので選択肢のあまりない私は歩き続けた。過去の自分の間抜けさを呪う。  段々と暗くなっていく森は昼間の爽やかさとは打って変わってかなり不気味になっていた。木の陰からは何か出てきそうだし、風のせいなのかなんか物音はするし、足元があまり見えなくなるのも転びそうで怖い。  「何も来ないで、飛び出して来ないで、本当に来ないで、嫌だ来ないで」  早口で願い事を唱えながらほとんど駆け足で歩く。相変わらすドレスの裾が邪魔だ。  すると、願いが天に届いたのか、私の「とりあえず彷徨っていれば誰かしらには会えるだろう」という考えが正しかったのか、突然そこら中を埋め尽くしていた木がなくなり、私は森の中の原っぱを発見した。  しかし妖精達のいる原っぱとは違う。まず妖精がいないし、もっと小さくて、草がそんなに生えていない。そして、ど真ん中で真っ赤なドラゴンが丸まって眠っていた。  ドラゴンさんを見つけた私の安堵の気持ちは表現し難い。探してたのはヴィヴィだったが、この際状況を変えられる人なら誰でもよかった。私は思わず、ドラゴンさんの元に駆け寄って行った。  が、叩き起こそうとした手を止めた。私の用事のために、こんなに気持ち良さそうに眠っているドラゴンさんを起こすのも少し忍びない。  ーーって言うか、寝てるドラゴンさん初めて見るかもしれない。  寝る時はいつもみたいに不機嫌そうな顔じゃなくて、ちゃんと寝てる動物の顔になるらしい。前足を重ねてその上に頭を乗せ、綺麗に後ろ足を揃え、尻尾を顔に近づけてくるっと丸まっている。無防備なドラゴンさんが新鮮で私は少し面白くなった。もし書くものがあれば顔に落書きするのに。   「本物なんだよね」  また、鼻に触れてみる。意外と柔らかい。でも、やっぱり動物の皮らしいごわごわした感触だ。  私の手の下で鼻がピクッと動いたので、慌てて手をどけたが、ドラゴンさんは息を「ふー」っと鼻から吐くと、また動かなくなった。  思わずふふふと顔が緩む。もしこんなことしてるってバレたら怒られるんだろうなぁ。  なんて考えていたら、ドラゴンさんの私の手ぐらいの大きさの目が開いた。さすがに鼻を撫でられると起きてしまう様だ。  当然、私と目が合う。
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