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いつのまにか、スクリーンの中の映画は終わっていた。成海は全然集中して見ていなかったし、最後まで何が言いたいのか分からない映画だったと思う。エンドクレジットが最後まで流れて、場内が明るくなったので、急いで携帯の電源をつけて劇場を出た。待合ホールの角にある屋上へと続く非常階段の扉を、帰り際にちらりと見た。「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた張り紙は古く黄ばんでいた。
屋上で花火をした翌々日に、成海はフランスへ旅立った。向こうに着いてからは日々、慣れない文化とままならない外国語に苦しみながら、死に物狂いで勉強した。そうしなきゃいけないと思っていた。おかげで、向こうでそのまま大学院に進学して修士号までとれた。図書館にこもったり、質問の答えに納得するまで教授を追いかけ回したり、とにかくがむしゃらに進み続けた毎日だった。だから、ショッピングの合間に公園で休んだり、映画館で本場の映画を観たりする時間なんてなかった。向こうで仕事を見つけて働き始めてからは、少しは時間の使い方が上手くなったとは思うけど、いつも忙しいことには変わりない。こういう生活は、割と自分に合っていると感じるから、満ち足りてはいる。
それでも成海は、時々あの夜を懐かしく思い出した。時間がゆっくり流れる映画館の、夜の屋上でくるくる円を描く花火。仕事中にふと手を休める時とか、夜寝る前とかいった、忙しい日々の合間に、あの生暖かくて角のない夜に心が戻っていって、もっと前に進むための優しさをもらって返ってくるのだ。あの場所、あの時間はいつだって、成海の大切な拠り所だった。
仕事のメールに返事をして、次の予定を確認しながら成海は映画館を出た。振り返って、もうじき取り壊されてしまうというレンガ造りの建物を見つめる。きっと成海がいなくなってからも、この映画館は変わらずのんびりしていたのだと思う。だからこの場所がなくなったって、成海の心も生活も変わらない。これからも、ひたする前進するのみだ。
「お疲れ様」
成海は小さくつぶやいた。最後に来れてよかったと思う。これできっとこれからも、心はここに帰って来られる。
よし、と背筋を伸ばして、成海は歩き始めた。
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