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じりじり焦げるような、慣れない太陽から逃れるように、成海はアーケード商店街に早足で踏み込んだ。日陰に入って顔や肩を突き刺す日差しはなくなったものの、まとわりつくような熱さは変わらずついてきて、背中にブラウスがくっついて気持ち悪い。屋根からサマーセールをうたった派手な色の旗がたれ下げられているが、歩く人はまばらだ。
成海は歩きながらハンドバックからハンカチを取り出し、ついでに先ほど鳴っていた携帯の画面を確認する。案の定届いていたのは、成海が出張でオフィスを離れたため仕事がてんやわんやになっているであろう、部下のジュリーからの相談メールだった。今こちらは昼過ぎなので、フランスでは朝方だろうか。文面を読むだけで、「ナルミさん、これどうしましょう〜」と泣きついてくる彼女の声が聞こえてくる。簡単に指示を書いて返信し、これ以上汗をかかない程度に歩く速度を上げた。映画の上映時間まであと五分しかない。
映画館は商店街を下りきったところの角にあった。スクリーンが一つしかない映画館で、昨日の晩に席の事前予約ができないかとネットで検索したが、ホームページは上映作品を並べたものが一ページあるだけだった。道に面したチケット販売の窓口は一つで、支払いは現金のみ。席は百席ほどしかなくて、全席自由席だ。
成海は受付の生真面目そうな若者から買ったチケットで顔を扇ぎながら、劇場に入った。途端に肌をすべる冷たい空気が心地良い。上映開始にはなんとか間に合ったようだ。適当に選んだ通路側の席に腰掛けてから、半券に書かれた映画のタイトルを確認する。英題をそのままカタカナに直したような題で、正直どんな映画か分からない。先ほど入り口に貼られたポスターをちらりと見たが、どこかで見たことのある俳優が一人いる程度で、なんだかぱっとしなかった。こんなマイナーなアート映画ばかり流してるからつぶれちゃうのよ、と心の中で呟いた。
やがて予告編に続けて、映画が始まった。スクリーンいっぱいに映った主人公らしき人物をバックに、オープニングクレジットが流れているが、成海は先ほど携帯の電源を落とす時に目に入った仕事のメールが気になっていて、それどころではない。成海は映画に興味がなかった。今日ここにいるのは、来月末で取り壊しになるという、かつて働いていたこの映画館に最後に来たかったからなのだ。
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