<1・Sister>

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<1・Sister>

 ロザリーがその家にやってきたのは、それこそ藁にもすがるような思いだった。  労働者階級の、両親のいない凡庸な娘。しかもまだ十五ともなれば、雇ってくれるような職場はそう多くはなかった。ゆえに、まさかのエルガート侯爵家にメイドとして雇って貰えると知った時、どれほど驚き喜びに湧いたことか。しかもエルガート家と聞いたら、ロンドンでも名家中の名家な上、家族はみんな美男美女ばかりときている。遠巻きにして、貴族のご令嬢達が憧れの眼で見るような家なのだ。 ――し、失礼のないようにしなきゃ。私は此処で、住み込みで頑張って生きていくんだから……!  呼び鈴の前で、すー、と大きく息を吸い込み、緊張を緩和させようとした時である。 「何してるの、お姉さん?」  心臓がひっくり返るかと思われた。植え込みの影から、突然声をかけられたからである。 「うっひゃあ!?」  思わず間抜けな声を上げてしまった。尻餅をつかなかっただけマシだろうか。誰もいないと思って、じっくりと覚悟を決めていたのに。まさか、門の前で百面相しているのを誰かに見られていたりしたのだろうか。  鈴が鳴るような、可愛らしい女の子の声だった。それだけに、一瞬幽霊を疑ってしまう。情けないかな、ロザリーは幼い頃から幽霊の類が大の苦手だった。周囲の子供達がむしろ幽霊やらを面白がる質であったのに、ロザリーはそういうものを極力避けて来たクチである。なんといっても、何処から現れるか分からない。物理的に殴ってどうにかなる相手でもないのだからどうしようもない。  まあ、幽霊と呼ばれる存在が、人にどこまで悪さをするかも定かではないのだけれど。人に悪行を働くような存在は、悪魔と称されることが多いご時世である。 「お姉さん面白いー!ヒルダの声、そんなにびっくりだった?驚いたぁ?」  ちょこん、と花壇の裏側から姿を現したのは。頭に二つのリボンをちょこんとつけた、金髪の姫君だった。年は、恐らく七歳かそこらだろう。そしてヒルダ、という名前――ということは恐らく。 「え、えっと。……ヒルダお嬢様、でしょうか?」 「あったりー!あ、わかった。お姉さん今日からメイドで働くロザリーさんだね!私、ヒルダ!よろしくー!」 「あ、ちょ」  自己紹介をするよりも前に正体を当てられてしまった。彼女は門を開くと、ぐいぐいとロザリーの腕を引っ張って中に連れ込んでしまう。可愛い見た目の少女に似使わない強い力に戸惑った。よほど新しく来たメイドが嬉しいのか、あるいは興味があるのか。つんのめりそうになりながら、私は引きずられるようにして中に庭の中に踏み込んでしまう。結局ベルも鳴らさず、お屋敷の敷地に入ってしまった。いいのだろうかこれ、と少し焦るロザリーである。
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