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「おはよう、ロザリー。……えっと、ロザリーであっているよね?昨日は挨拶ができなくてすまなかったね」
「へ!?ちょ……」
その時、あまりの驚きで花瓶を落としそうになるという失態を犯してしまった。おまけにつるっと手が滑ったところで、それを見かねたチャールズに支えられてしまったのだから尚更である。
「大丈夫?無理はしないで、重いでしょう」
――ひ、ひええええ!
ロザリーが慌てるのも当然である。家長のサディアスもとてもダンディのおじさまであったが――その長男のまた、眉目秀麗なことといったら。すっと通った鼻筋に、父親と同じ宝石のような青い瞳。茶色の髪も品良く整えられており、実に端正。父親と違ってがっしりとはしていないもののモデルのようにすらっと背の高い美青年だ。そんな貴族のおぼっちゃまに声をかけられて、年若いメイドが頬を熱くしないはずがないのである。
「あ、あ、ありがとうございます……って大丈夫ですから、チャールズ様!」
「気にしない気にしない。此処に置けばいいんだよね?」
「そ、そうですけど!チャールズ様のお手を煩わせてしまうだなんて……!」
父親も紳士だったが、息子も負けず劣らずの英国紳士である。慌てるロザリーに、チャールズはにっこり微笑んで告げるのだった。
「女性に優しくするのは、男なら誰だって当然だろう?少なくとも僕が学校でそう教わったんだ、遠慮する必要はないさ。貴族とか、平民とか。そんなことより大事なもの、気にするべきものはある。そう思わないかい?」
貴族と呼ばれる人種の中には、とても高慢な人間も少なくない。この華やぐ大英帝国の全盛期、されど貧富の差が重く人々に伸し掛ってくるこの時勢。二人の人間が同じ容疑で逮捕されれば、階級が下の方が有罪扱いされて裁かれるのがテンプレートである。階級制度があるがゆえに、傷つく者も苦しむ者も少なくない。労働階級のロザリーなどはまだ良い方で、実際は人間とも認められぬ下層階級の子供達が、明日の食い扶持にも悩むほど困窮している現実があるのである。
自分のような親のいない小娘が、娼婦として街頭に立つこともなくまともな仕事を貰えている。しかも、このように下の階級である自分のことをも気にかけてくれる、素晴らしい紳士達が住むお屋敷でのお勤めだ。なんと、己は恵まれていることだろう。同時に、このような貴族も存在したのだと驚かされること必至である。
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