<4・Peace>

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『邪魔すんじゃねえよ、庶民は引っ込んでろ!轢かれてぇのか!』  ああ、ほんの少し前のことだ。急いでいた貴族の男の四輪馬車に、危うく轢き殺されそうになったのは。確かに往来に林檎の袋を落として、中身をバラ撒いてしまった自分は間抜けであったことだろうが。だからといって、それを一生懸命拾っている娘を、庶民だからと平然と轢き殺そうとする人間がいようとは。  貴族には、嫌な奴が多い。貴族は、貴族以外をまともに人間として扱わない。それが当たり前だとばかり思っていた。だから。 「……そのようなこと、初めて言われました」  ロザリーは、視界が思わず滲むほどの感動を覚えていたのだった。  この家の人達は、自分が知っている貴族とは何もかも違う。最初に出会ったヒルダもそう。メイドとしてこの家に来ている時点で、ロザリーが貴族でないことは明白である。それなのに、まるで友達のように分け隔てなく接してくれる。それは自分に限らず、ヨハンナ相手でも同じなのだろう。ヨハンナとヒルダは、階級も何もかも飛び越えた、まさに年の離れた友達といった雰囲気であったのだから。  サディアスは、家長にも関わらずやってきたいちメイドを自ら紅茶とクッキーでもてなしてくれた。まだ奥方のジュリアには出会ってないが、あのサディアスの妻でヒルダの母なのである、悪い人物であるとは思えない。  そして目の前のチャールズの、なんと品行方正で優しいことか。初恋の一つもしたことのない十五歳の娘が、どきどきと心臓を高鳴らせてしまうのは無理からぬことであるだろう。 「チャールズ様も、サディアス様も。……私のような新入りの、労働階級でしかないメイドの私に。何故そのように、温かく接して下さるのでしょう。私、貴族の方にここまで優しくしていただいたこと、初めてです」 「……そうなのか」  きゅ、と額に皺を寄せて言うチャールズ。彼は見た目によらず、軽々と重い花瓶を持ち上げて台座に戻すと。ロザリーの肩をぽん、と叩いて言った。 「食事が終わったら、薔薇園のところにおいで。少し、君とお話したい。今日は大学も休みだから、僕も時間があるんだ」
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