<5・Kind>

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 新約聖書に出てくるヨセフに関してもそう。本来“選ばれた存在”であったのは、イエスを宿したマリアだとも言える。ヨセフは、偶々選ばれた女性の婚約者であっただけなのかもしれないのだ。  ヨセフは“義しい人”であったとマタイでは語られている。彼は婚約者のマリアが妊娠していることを知ると、当初は密かに彼女と縁を切ろうとしたのだそうだ。何故なら、マリアは処女。二人の間に男女の関係はなく、つまりマリアの腹の子はヨセフの子では有り得なかったからである。  当時の法と倫理に照らし合わせたのであれば、彼はマリアを不義姦通として世間に公表した上で離縁することもできた。むしろ、それが普通であったのかもしれない。  しかし、彼はひそかに縁を切ろうとしたところで、夢にあらわれた天使の受胎告知を知ることとなる。敬虔な信者である彼はそれを信じ、マリアが不義を行ったわけではなく、選ばれた乙女であることを受け入れたのだ。その結果、ヨセフは正しく“イエスの養父”と成り得たのである。  夢を見る者が選ばれた者なのではないのだとすれば。大切なのはあくまで“見た夢を信じたかどうか”なのだとすれば。ロザリーのような身分の低いメイドにも、なんらかのお告げがあっておかしくはないのだろう。あくまでそれを理解し、信じ、受け入れることで“選ばれし者としての試しを合格できる”――ジュリアの言う通りの解釈なのだとしたならば。  問題は。 「主が……あるいは別の誰かが、私に何かのお告げを下さっているのだとしても。私には、その夢の意味がわからないのです」  そう。ロザリーには、あの夢が示すところがまるで理解できないのである。  この家の人達が露骨にメイド殺しの殺人鬼として怪しかったりしたならともかく。実際は皆親切で、恐ろしいものの気配など一切ないのだ。いくらなんでも、親切な一家が人殺しを行っていた、なんてだけではB級のミステリーもいいところである。もう少し、現実感がなくては成り立たない。 「私に何か、恐ろしい危機が迫っている……ということなのでしょうか?正直そのような心当たりなど全くないのですが」  強いて言うなら、と。ロザリーは少し恥ずかしい気持ちを抑えて、続ける。
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