<6・Nightmare>

3/4
前へ
/40ページ
次へ
 此処はどの部屋だろう?ドアをじっと見たロザリーは気づいた。この家は壁もドアも、細かいところまで見事な細工が施されていることが多い。このドアも例外ではなく、凛と咲き誇る薔薇に剣を添えた模様が彫り込まれている。  同じドアを、何処かで見たことがあったはずだ。この屋敷の何処か。ドアのデザインはどれ一つとして同じものがなかったはずだから、このドアもどこかの部屋に該当しているはずなのだが――。 ――そうだ、ここ……書庫の一つだったはず。古い本ばかりしまってあって掃除が大変だから、頻繁に掃除する必要はないって言われてた……。  中に入ったことはないが、屋敷を初日にぐるりと見学させて貰った時や、廊下の掃除をした時には何度も前を通っている。どんな本が置いてあるんだろう、魔法の本でもあるのかな――なんて気楽に考えたのは記憶に新しいことだ。  少女は苦しみもがきながらも、どうやらこの部屋へと入ろうとしているらしい。書庫なんかより、手当を受けるなり人を呼ぶなりした方が――なんてことを思ってしまう自分はズレでいるのだろうか。血を土石流のように嘔吐し続ける少女が、既に普通の治療で助かるようには到底思えないというのに。 「う、うう、う……っ」  彼女は血だらけの手で、べたり、と壁に触れる。真っ赤な血の手形がついた。その壁に、がりがりと爪を立て手立ち上がろうとする少女。壁紙に爪がひかかったのか、あまりにも強すぎる力だったのか。バキリ、と大きな音がしてロザリーは悲鳴を上げた。それは、少女の爪が数枚剥がれる音であったからだ。  そこまでして、この部屋に入りたいのだとしたら、一体何のためにそんなことを。  唖然とするロザリーの目の前で、少女は血で滑りながらもどうにかノブに手をかける。その時の呟きは、ロザリーの耳にもはっきり聞こえて来たのだった。 「早く、早く……み、つけ、ないと……」  血を吐くような、どころか本当に血を吐き続けながら。どろどろになった唇で、彼女は告げた。 「悪魔を、追い出す、方法……!ここの、本の、どこか、に……っ」  ぶん、と何かが飛び回るような音がした。既に耳慣れてしまった音。正体を、今更問うまでもない。  それは、蠅の羽音だった。  蠅は彼女が流した血や、吐瀉物、糞尿に――わらわらと、群がりつつあったのである。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加