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それでも、雨風凌げる家があって、食べ物を食べさせて貰えただけ自分はまだマシなのである。世の中には、今日食べる御飯も雨を凌ぐ屋根も確保できない下層階級の子供達がわんさか溢れているのだから。ホワイトチャペル地区など本当に酷いものなのだと噂で聞いている。自分がこの眼でその実情を見たことがあるわけではないのだけれど。
そう、叔母夫婦もさほど裕福な生活をしていたわけではなかった。だからこそ、このお屋敷の中は右を見ても左を見ても眼がくらみそうなのである。赤いカーペットはふかふかであるし、廊下に掲げられた燭台はみんな金ピカでいかにも高級感があるし。飾られた絵には、ロザリーでさえ耳にしたことがあるほどの有名画家の名前が複数見受けられた。ついでに、この屋敷の人たちのセンスが非常に優れているということも。うち一枚、赤い花畑と青空の絵の前では思わず足を止めてしまいそうになったほどである。
そして、応接室だ。革張りのソファーは、腰がずっぷり沈むこんでしまうほどフカフカである。がっしりした暖炉の横、剣を持った石像が、まるで家主を見守るように壁に飾られていた。あれは大理石だろうか。白く輝く騎士の像――一体いくらお金がかかっているかわかったものではない。
「ちょっと待ってね!今ヨハンナが紅茶を入れてくれるところだから!お父さんを捕まえるのはちょっと時間がかかるかもしれないけどね、お屋敷が広いから探すだけで大変なの!」
にこにこと言いながら、ロザリーの向かいの席に座るヨハンナである。
「実はね、これ内緒なんだけどね?お父さんは、魔法の研究をやってるの。エルガート侯爵家は、教会にも特別に認められた“魔法使い”の一族なのよ!」
「そ、そうなんです?」
「そうなの!神様の役に立つ魔法を研究していいよ、って認められていてね。今までいろんな研究をして、いろんな人を助けて来た立派な家なんだって。でも、それを他の人には内緒にしてないといけないの。世間的にはまだ、魔法を使う人は悪魔と通じてる人だーって言ってくる人もいっぱいいいるからだって。だから、ロザリーも内緒にしてね?」
「う、うん」
魔法。本当に、そんなものがこの世にあるのだろうか。疑問には思ったが、可愛いお嬢様がそれを本気で信じているのなら、わざわざ否定を口にするなど野暮なことだろう。ヒルダは眼を輝かせて、研究について語っている。いくら住み込みで働くとはいえ、果たしてロザリーが聞いていいような内容であったのかどうか。まあ、そもそも彼女がどこまで本当のことを言っているのか、はたまたただの空想なのか現時点では判別つかないことではあるが。
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