<8・Beelzebul>

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――ほ、ほ、本当に?本当に悪魔なんてものがいるの?いたっていうの?わ、私の……お腹の中、にも?  信じられない。もしもそうならば首謀者は、この家の家族に他ならないではないか。 『実はね、これ内緒なんだけどね?お父さんは、魔法の研究をやってるの。エルガート侯爵家は、教会にも特別に認められた“魔法使い”の一族なのよ!』  ヒルダの天真爛漫な笑顔が蘇る。 『そうなの!神様の役に立つ魔法を研究していいよ、って認められていてね。今までいろんな研究をして、いろんな人を助けて来た立派な家なんだって。でも、それを他の人には内緒にしてないといけないの。世間的にはまだ、魔法を使う人は悪魔と通じてる人だーって言ってくる人もいっぱいいいるからだって。だから、ロザリーも内緒にしてね?』  彼女は、何も知らないのだろうか?それとも彼女も首謀者の一人であるのか。  それとも、これは、自分の妄想か何か?恐ろしい悪夢も何もかも、自分の頭の中だけで起きているものだったとしたらどれだけ良いだろう。この痛みと、腸の中を這い回るようなおぞましい感覚さえなければ、きっと悪い妄嫉に囚われているだけに違いないと思い込むこともできたというのに。  仮にヒルダは何も知らなかったとしても。サディアスやジュリア、チャールズ達は違うだろう。あの優しい一家が、本当に悪魔を使役していると?あるいは、悪魔に操られた姿だとでもいうのか?そんなことが有り得るのか? 『身分やしきたりやらと色々気になることもあるかもしれんが、あまり気にしないでくれていい。特に、娘のヒルダは若いメイドが来てくれたということで本当に喜んでいるようだ。友達のように接してくれると助かる。なんせ、あまり外で過ごすことが少ないものだからね』 『夢のことも、体調のことも。どうか遠慮せずに言ってね。私たちにとっては、貴女はもう家族同然なのだから』 『女性に優しくするのは、男なら誰だって当然だろう?少なくとも僕が学校でそう教わったんだ、遠慮する必要はないさ。貴族とか、平民とか。そんなことより大事なもの、気にするべきものはある。そう思わないかい?』 ――た、確かめないと。もし、本当に悪魔なんてものが私に寄生しているなら……なんとかして追い出さないと……!  恐怖と、裏切られていたかもしれないという絶望。同じだけ、信じたくない、嘘だと言って欲しい願望。  痛む腹をさすりながら、よろよろとロザリーは立ち上がり、ドアノブに手をかけた。がちゃり、と鍵のかかっていないドアは簡単に開く。この向こうに、悪魔とやらについて書かれた書籍があるのだろうか。 「此処が……」  手元のランプをつけて見れば、それは何の変哲もない書庫だった。それも、他の部屋と比べると随分狭い印象である。無理もない、天井に届きそうなほど大きな本棚が並び、そこにびっしりと辞書のような分厚い本が所狭しと並べられているのだから。  この中から、悪魔に関する本を見つけるとしたら、相当骨が折れそうである。あっけにとられつつ、ロザリーは周囲を注意深く観察した。窓がないせいで、中の全体像をはっきり見る事は難しい。ただ、暫く掃除されていないのか、やや埃っぽく感じるのは確かだった。時折咳き込みつつ、本棚を照らしていたロザリーは気付く。聖書などに混じって、明らかに“黒い”本が複数混じっていることに気づいたからである。 『魔術における聖と魔』 『悪魔という名の真実』 『ルシフェルは何故堕ちたか』 『堕天使による救い』 『魔の王の召喚と対話、その実践技術』 『東洋魔術と西洋魔術の根本的な違いと、地獄における解釈の違い』 ――本当に、この一族は……魔法に繋がるものなら何でも研究していたんだわ。神も悪魔も関係なく。いえ……それを、修道会から特別に許されていたのね。それが、神とこの国を救う手立てになると信じて……。
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