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<10・Rosalie>
声がする。
幾つもの幾つもの声が響く。ロザリーの頭の中、否――その正体にロザリーは薄々気づきつつあった。
声を発している者は、自分の腹の中にいる。
これが血を分けた我が子の声だったのならどれほど良かったことだろう。望んで授かった我が子の声が聞こえるなんて、そんなの考えただけでロマンチックな話ではないか。
残念ながら、現実はそんな美しく優しいものなどではない。なんせロザリーに語りかけている者達は、ロザリーの子宮の中ではなく、腸の中に存在しているのだから。
そしてそれらは断じて我が子などではなく――おぞましい姿をした、数多の悪魔の意思なのだから。
『間に合わなかったねえ』
『ああ、そうだ間に合わなかった』
『間に合わせたかったのかな?』
『そうだろうな、きっと間に合わせたかったのだろうさ。今まで我らの意思を宿し、息絶えた者達の誰かが。あるいは全てが』
『優しいねえ』
『ああそうとも、なんと優しい』
『見ず知らずの他人を、助けてあげようとするなんて』
『そうとも、彼は、彼女は、助けようとしたんだろうとも』
『でも無理だった』
『そうとも、無理だった』
『だって遅かったんだものね』
『そうだね、遅かった』
『とても遅かった』
『ああ、とてもとてもとても遅かったのだ』
『本当に間に合わせたいならどうすれば良かった?』
『決まっている、この家に彼女が来る前に対処をするべきだったのだ』
『そうだね、その通りだね』
『そうだな、その通りだとも』
『少なくとも、来た初日に紅茶とクッキーを頂いた時点で終わっていた』
『いっぱいいたもんね、あの中にもいっぱい』
『そのあともいっぱいだよ。サラダにもお肉にもスープにもパンにもね』
『全部全部いっぱいいっぱいいっぱいいっぱい』
『私達はいて』
『我らがいて』
『僕らがいて』
『俺達がいて』
『みんな同じように彼女の中へ、ほらほらもっと奥へ奥へ入っていってね。急いで急いで』
『胃液で溶けちゃう前に、ちゃんとお腹の奥へ行ってね』
『あまり早く下まで行き過ぎないようにね、排泄されちゃうからね』
『楽しいね』
『とっても楽しいね』
『とっても美味しいね』
『うん、すっごく美味しいよ』
『何が美味しいのかって?』
『それはね』
甲高い笑い声が幾つも重なり、響き、ロザリーの脳をわんわんと揺らした。ああ、今更になって、夢の中の言葉の意味が理解できてしまうなんて。あの声は全て、ロザリーの腹の中の蛆虫達の声であったのだ。普通の蛆虫ならば、腸の中から宿主に語りかけたりなどできるはずがない。彼らは、悪魔の子であったからこそそれが可能であったのだ。偉大なる悪魔、ベルゼブルの意思を宿す者であるからこそ。
――何で、そんな風に笑ってるの。
ロザリーは絶望的な思いで、す、っと涙を流した。
――私は、こんなに痛くて苦しいのに。ねえ、なんで、そんなに笑っていられるの。貴方達は何。なんなの。ねえ。
心の中でそう、訴え掛けるように尋ねると。蛆虫達の談笑は、ピタリと止んだ。
そして彼らは口を揃えて、同じ単語をぶつけてきたのである。
『悪魔さ』
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