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<2・Family>
ただのいちメイドを相手に、家主がまさかこれほど丁寧な扱いをしてくれるようとは。
家長のサディアスは、まさに世の女性が憧れてやまないような“ダンディなおじさま”そのままだった。がっしりとした体躯を上品なスーツで包むその佇まい。綺麗に整えた口髭にまるで宝石のような青い眼。思わずロザリーがぽうっと見とれてしまうような紳士である。聞けばもう年は四十を超えるという。心が清らかな人は見た目までも若々しくなるものか、と驚いたほどである。
「このたびは、我が家の求人に応募してくれたこと、心より感謝する。なんといっても広い屋敷でね。ヨハンナ一人ではどうしても手が足りないと思っていたところなんだ」
特に掃除がねえ、と彼ははっはっは、と快活に笑った。
「身分やしきたりやらと色々気になることもあるかもしれんが、あまり気にしないでくれていい。特に、娘のヒルダは若いメイドが来てくれたということで本当に喜んでいるようだ。友達のように接してくれると助かる。なんせ、あまり外で過ごすことが少ないものだからね」
「そう、なのですか?何かご病気とか?」
「というより、我が家に嫌な噂がつきまとっているせいで、あまり友達ができないというのが大きいものでなあ」
「ええ?」
ロザリーは驚いた。侯爵ともいえば、貴族の階級の中でも公爵に次ぐ地位である。公爵というのは基本的には女王陛下の親戚が該当している。つまり――一般的な貴族としては、最上位と呼んでも差し支えない地位なのだ。それを、ただの噂ごときでどうこうどうこう言うなどと、無礼の極みではないだろうか。
「どんな噂か、気になるかな?」
そんなロザリーの渋い顔に気づいてか、サディアスは苦笑いしつつ語った。
「我々が、悪魔の一族だというのだ。その証拠に、我々の屋敷の周りには蛆虫が多い、と」
「蛆?」
「悪魔の中には、蠅の王というのもいるらしいからね。それでだろう。これだけの大きな薔薇園を経営していれば、虫が増えるのも仕方のないことだとは思うんだが……まあ、実際、教会の許可を得ているとはいえ魔法の研究をしているのも間違いないことではあるから何とも言えんさ」
蛆が多い。どういうことだろう、と想像してしまって慌ててロザリーはそれを振り払った。幽霊も苦手だが、別方向で虫も大の苦手なのである。特に、芋虫や蛆虫の類は気持ち悪くてたまらない。以前、少し貧民街に近い場所を通ってしまった時、飢えて死んだらしい下層階級の人間を憲兵が片付けているのを見てしまったのだが――なんともまあ、気色悪い光景だったのである。
人は、死んだらあのようになってしまうのかと思ったのだ。眼窩は窪み、腐ったような汁を垂れながして眼球は消失し、そこからつぶつぶとした白い虫が湧いている様。ああいくらお使いがあったとはいえ、何故あのような場所を通りがかってしまったものか。心の底から後悔したのは、記憶に新しいことである。
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