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子供のように大喜びして、そのまま厨房に取りに行ってしまったサディアスである。あっけに取られて、そのまま応接室で待つことになってしまったロザリー。なんと恐れ多いことに、この日はほとんどの時間を家族とのお喋りで過ごすことになってしまったのだった。本来なら大切なお仕事初日、ヨハンナから色々聞いて、少しでも早く戦力になれるよう掃除や洗濯のレクチャーを受けなければならなかったというのに。
エルガート家は、四人家族。
家長のサディアス・エルガート侯爵。
妻のジュリア・エルガート。
長男のチャールズ・エルガートに、その妹で長女のヒルダ・エルガート。
メイド頭のヨハンナに、料理長のジャン。なんと、この広い屋敷に現在住んでいる人間はそれだけなのだという。そりゃ、掃除選択全てヨハンナだけでこなすのはあまりにも無謀というものだろう。いくら、家族が緩い質で、そこまで細かく掃除やベッドメイキングでガミガミ言ってくるクチでなかったとしても、だ。
「燭台は、埃が積もりやすいの。火がつくようなことがあっては大変だから、殊更綺麗に磨いて頂戴ね」
「は、はい」
夜。流石にこのまま何もしないのは申し訳ないということで、廊下に設置してある燭台の磨き方をヨハンナに教えて貰ったロザリー。脚立を組み立て、一つ一つ丁寧に雑巾で磨き上げていく。あまり器用ではなく早くもないものの、懸命に掃除をこなそうとするロザリーにヨハンナも好感を持ってくれたらしい。多少下手くそでも、ガミガミ言うということはなかった。それどころか、自分も疲れているだろうに下で脚立をしっかり支えてくれて非常に助かるほどである。
細かな細工の燭台は、よく見れば神様の言葉や天使の模様が刻まれており、一つ掃除をするだけでも一苦労である。それを、夕方から夜にかけて屋敷中全てこなさなければならないのだ。今までヨハンナはどうやっていたのかと不思議に思うほどである。
「そうそう、ロザリー。サディアス様に聞いたかしら?……開かずの間のこと」
「開かずの間、ですか?」
「ええ。ああ、その様子だとまだ聞いていなかったので。ならこれは耳にした?この家が、教会から特別に許可を得て魔術を研究している、“魔術師の一族”であるということを」
「まあ、それは」
魔法なんて、あんまりピンときてないけどね、とは心の中だけで。なんといっても、子供の頃に読んだ童話や幻想小説の中でしか見たことのない存在である。ましてや十五、十六世紀頃などには魔女は悪魔と通じた者として、ヨーロッパ全土で魔女狩りが横行していたと訊く。昔と違ってそこまで露骨に非難されるということはないが、それでも未だに古い考えを持ち続けている者もいるものだ。物語の多くでは、魔女は恐ろしいものとして描かれることが多いから尚更そういうイメージが付きまとってしまうのである。
壷の中で恐ろしい食事や液体を調合し、ニヒヒヒ、と笑っているおばあさん。昔読んだ本で出てきた魔女は、まさにそういった“悪役”であった。それが、教会に特別に認められた魔術師なんてものがあろうとは――完全に眉唾ものとしか言えないのだ。
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