初めまして

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初めまして

 神田(かんだ) (るい)は、相対的に並の生活を営んでいる、と本人も自覚している。クラスでも思惑通り目立たないように過ごせているし、多少は男子内でカーストはあれども、雰囲気は悪くない。友人もおり孤立しているわけでもなく、また誰かから大いに嫌われてるという事実もなかった。  ところが、席替えが起きてからは少々雑音が彼の周囲にまとわりつくようになった。 「橘さん、今日体育だったのに制汗剤も持ってきてないんだよー。下着もダサかったし、ありえんわー」 「えーダサいのは分かってたけど、通りでなんか臭いわけだ。というか、由梨今日掃除当番じゃなかった?また橘さんにトイレ掃除押し付けた?」 「うん。だってトイレ掃除とか汚いじゃん。やりたくないもん」  累の右斜め後ろの席では、クラスの最高権力者、小林由梨(ゆり)とその取り巻きによる井戸端会議が行われている。地味で少し小太りな橘が、どうも小林に目をつけられていると累は以前から薄々感じていたが、実際に累の周辺に真相が明示されると、罪悪感も相まって無視をしているのがつらくなる。 (悪口は誰にも聞かれないとこでやれよ……)  しかし累は、他の第三者同様、あたかもこの光景が画面越しのドラマかのように自分には関係がないふりをして、クラス内で固まりつつあるシステムを壊さぬよう空気に溶け込むだけだった。中学二年にもなれば自分が革命家になれるような素質を持ち合わせていないことを重々分かっていたし、まとまりつつある空気感の中、足並みをそろえることの社会的重要性も理解していた。 「神田、部活行かんの?」  佐久間の声で、累は自分の手がいつのまにか止まってしまっていたことに気がついた。累は慌てて教科書をリュックに詰め込んだ。 「行く。ちょっとボーッとしてただけ」  今日もまた、何事もなく一日が終わりに差しかかろうとしている、と、部活が始まる時間になる度に累は安堵するのだった。累が佐久間のリュックをぐいと押し、二人の少年の影が教室の外へと消えていった。
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