第6話

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第6話

シャーリーは懸命に、必要以上に大きく手を振りながら、甘いカレーのおいしい店もあるから、一緒に行かないかと誘い、ルイはルイで、甘さ控えめのスイーツでおいしいものもあるんだと告げた。それから、「先生はやめてほしい」とも。  傍から見ていても、ふたりの従者が並ぶさまは絵になった。ハンサムは美少女が好きなものと、男はみんな、女の子が好きなのだと思っていた。クーネルの読んだ物語は、そういう設定が多かったから。きっとそれは、読者のターゲットが、かっこいい男の子と恋に落ちたい女の子に絞られていたから。歴々の作者たちはクーネルに向けて書いてくれていたのだろう。  現実も同じだと思っていたのは、ただの勝手な思いこみだ。若くて端正な騎士から同時に想いを寄せられ、乙女心が揺れ動く――。クーネルの願いはこうして暖かな宵の口に、潰えた。 (もしかして、いまのって、うまくいった? の?)  究極に辛いカレーと刺激的なスパイスを好む、甘いマスクの王子様みたいなシャーリー。そして、神経質で気弱で、数字をこよなく愛するルイ先生。毎週末に話題の新作スイーツを食べに出掛ける先生……。  異なるところとにているところ、両方がある。 (よかったわね、シャーリー。びっくりした。けど、ねえシャーリー? わりとうまくいって舞い上がるのはわかるけどね。お忘れじゃなくて? この超絶美少女にして姫にして魔法少女にして……ああもういいわ、つまり、このクーネルのことをっ!)  シャーリーとルイは肩を並べて、朝がくる前に、城に戻ろうと歩き始めていた。完全にクーネルの存在は無視されていた。  こちらとて、魔法があるから、呪いが解けたらすぐに魔法でまた飛んで城に戻ることはできる。 「はぁ……仕方ないわね。今夜のヒロインは明らかにわたしじゃなくてルイ先生よ。あんたに花を持たせてあげる」  ようやく呪いが解けたクーネルは、誰もいない森につぶやく。凝り固まった肩をほぐしながら、大あくびをした。  東の空が、薄紫色に、明け初めていた。    ***  新任の侍女、ミラは非常に落ち着いて仕事をこなす少女だった。まだ年若く、今年十八になるという。爛漫さがなく、口が石のように堅そうだし、浮ついたところがなさそうに思えた。ふきんで丁寧に壷をふき、花瓶の花の手入れをするミラの後ろ姿を見つめた。赤みのある茶色の髪をふたつのお下げにしている。その三つ編みは本人と同様におとなしく、ほとんど揺れなかった。  公務もなく、今日のぶんの勉強も済ませたクーネルは、だらけてベッドに寝そべっていた。気が付くと、ミラに向かって長々と語り聞かせていた。 「……というわけでね、とある従者の二人はわたしを無視して帰ってしまったの。ちょっとひどいと思わない?」  名前は伏せてクーネルは語り終えた。クーネルの従者はたくさんいるので、誰だかわからないだろう。ミラは特に反応を示さず、左様ですか、それは業腹でございますね、と頷きながら、仕事の手を片時も休めない。  こんな話をしてもきっと誰も夢を見ていたんだというだろう。あれから半年が経って、クーネルもそうだった気がしてきた。  シャーリーとルイはそれぞれ変わらずに従者としてクーネルのそばで働いてくれている。表情も態度も、これまでと同じに見えた。  クーネルは再び、なんのアクシデントもトラブルも起こらない平和な夜を過ごすようになった。自室や図書室で本のページをめくりながら、柿ピーをぽりぽりして読みふけった。  恋物語はたくさん読んできたけれど、本当の恋は知らなかった。  あこがれと本当はどこか違うのかもしれない。あのマナルーンの森で過ごした一夜で、クーネルの考え方は少し変わっていた。あれから、クーネルはお姫様の出てこない、勇敢な少年少女たちが旅にでる冒険小説を好んで読むようになった。そこには、守られるだけのお姫様はいなかった。  お姫様として守られるだけなんて、やっぱり退屈かもしれない。あそこで指をくわえて見ていることしかできなかった自分に、悔しさも感じていた。  今度は私が、囚われた人を、姫に限らず誰でも、困っている人を助けられるだけの強さと勇気がある者になろう、と。  クーネルの、イケメンに取り合いされたい願望は、時とともに薄らいできたかに見えた。しかし……。  クーネルの部屋の扉がノックされた瞬間、ほぼ同時にノブがひねられた。顔を出したのは、子どもと見間違うほどに童顔で小柄な男だ。クーネルと鏡に映したような青色のきれいな髪。その髪型がマッシュルームカットなのも、その個性的な容姿に拍車をかけていた。白いシャツに麻のズボン、魔法使いのローブを肩にかけている。 「ノックと同時に女の子の部屋に入ってくるなんて、デリカシーのかけらもないわ、お兄さま」 「それよりはやく俺の執務室に来い」  兄というだけで偉そうにふるまう兄のリカルドは、一方的に告げるとすぐに姿を消した。  クーネルと違って、リカルドはすでに国の重要な役職に就いていた。蔵書の管理・保管・情報提供サービスなどを行う図書館長である。年齢が三十歳なのもあり、よく見れば表情に貫禄があった。背丈が一五〇センチとすこしのため、少年のようにも見える。クーネルは毎年順調に身長が延びているため、兄を追い越すのも時間の問題かもしれない。 「実は身内で結婚式を挙げることになった」 「えーっ! 結婚!?」 「そうだ」 「お兄さま、結婚とかできるの? 大丈夫?」 「俺ではない。シャーリーとルイだ。あとおまえ失礼だ」  クーネルは目を丸くした。あれは夢ではなかったのだ! あれから半年、彼らは着実に愛を育んでいた。食べ物の好みの決定的な違いは、折り合いがついたのだろうか。余計なことを考えてしまう。 「驚いたか」 「ううん」  知っていた、と言うのはやめておいた。 「彼らはただの従者ではない。城に勤めてから、よくクーネルに尽くしてくれているし、我々の家族のようなものだろう。なので、正式にこちらが主催で祝ってやろうと思う。おまえも協力してくれ」 「それはもちろん、歓迎だけど……」  クーネルはリカルドの執務室の内装を見やった。図書館に併設された長の部屋であり、壁にはぎっしりと城の図書館の歴史や記録の資料が詰まっている。年は離れているし、まったくにたところのない兄妹だが、『無類の本好き』という一点においては共通していた。リカルドは十八のときに祖父からこの図書館の仕事を任されて、飛び上がるほど喜んだという。 「ねえお兄さま、シャーリーとルイを図書館のほうで引き取ってくれない? わたし、側近は新しいハンサムな従者がいいわ。だってシャーリーとルイはこの先もずっと、絶対にわたしを取り合う争いをしないじゃない。仲がいいんだものね。ほかの従者もハンサムだけれどみんな年上すぎるし既婚者……。わたし倒錯の恋は好きだけれど、不倫・不貞だけは絶対に許さな」 「ではさっそく今日から式の準備にとりかかろう」 「ちょっと! 話きいてた!?」 「ああ。聞く価値がなさすぎて記憶から素早く消去した」 「もっとわたしに興味を持ちなさいよ! 可憐でかわいい妹なんて、誰もが憧れる究極の夢の存在じゃなくて!?」 「俺はルイとシャーリーの親戚関係に連絡を取って会場までの足や日程を調整するので、おまえは当日の流れや食事の手配、会場の装飾などまかせた。従者たちも適当に使え。予算をつけておくから必要なものをその中から賄うのだ。むろん主役の二人とよく話し合い、希望を汲みながら進めるのだぞ。メインは彼らだからな」 「……はい。あの、なんかわたしがやること多い……」 「どうせ毎日暇だろう、われわれ大人は忙しいんだ。はやくとりかかれ」 「へぇへぇ……」    とはいえ。結婚式の様子などもたびたび、物語の中に読んできたクーネルは、ある程度頭の中でイメージをつかむことができた。『世界の結婚式』という本をさっそく城の図書館に借りに行く。この地域の伝統にある程度従いながらも、他国の良い文化は取り入れていくことにする。  シャーリーとルイの結婚式がとり行われたのは、それからおよそ一年後のこと。  クーネルは十四歳になり、兄の背丈を追い越した。  悔しいがリカルドの言うとおり、クーネルには他の者に比べて自由になる時間が多かったので、時間の許す限り、この日のために準備に奔走した。おかげで前日になってようやく、自分の出席用の衣装を用意していなかった失態に気づく。完全に裏方のつもりだったので、自分もドレスが要ることを失念していた。  仮にも一国の姫なので、それなりに充実したワードローブを持っているが、なぜか祭事で身につけたことのあるドレスをもう一度着ることは、作法に反するとされていた。姫には市民のあこがれを受けるため、バラエティに富んだ毎回異なるデザインのドレスを身につけることで市民の購買欲を刺激する経済的役割も担っているそうだ。  困っていた時に、兄が、母親の遺品をしまってあるクローゼットを案内してくれた。母がこの国に嫁いだのは十五歳のときだったという。クーネルが成長したことで、母親の衣装がちょうどよく入るようになっていた。クーネルは喜んで、母のドレスに袖を通した。 「おめでとう、シャーリー、ルイ先生」 「ありがとうございます、クーネル姫」  ふたりは男同士のカップルなので、ふたりともドレスではない。それでもクーネルの胸には、自然ときれいなものに感動する気持ちがわき上がった。 「ふたりとも、とても美しいわ」  シャーリーとルイは目を見合わせてほほえんだ。 「姫もお綺麗です」 「ふっふっふ。あんたたち、わたしがこれからもっと成長して超絶美人になって、今日の結婚を後悔しても遅いからね!」 「それはないです」 「私も」  シャーリーとルイは穏やかに即答した。 「お世辞でもちょっとは同意しなさいよぉ!」
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