第8話

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第8話

「って、あんた、パドゥーシカ! なんのつもりでここにきたの、またルイ先生にちょっかいを――」 「あーあ、面倒なのがきた」  魔女は言いながら肩越しに首だけを振り、少し離れた席にいる小柄な男に声を張った。 「わしは帰るぞリカルド」 「おい少しはゆっくりしていけ……」 「こういう場所は苦手じゃ」  ふたりの親しげなやりとりを一瞬だけみると、リカルドがパドゥーシカを招待したことは明白だった。まさか彼らが友人同士で、魔女はリカルドを裏切るような行為を裏でしていたということか。考えても仕方ない。クーネルは真相を問おうと走った。 「待ちなさい!」  中庭に飛び出し、金色の魔女を追う。  結果的にパドゥーシカがちょっかいを出したおかげで、シャーリーとルイの関係は発展した。『終わりよければすべてよし』だったものの、誘拐行為はれっきとした犯罪である。ほうきを出して浮遊しかけるパドゥーシカに、後ろから腰に飛びつく。 「ええい、しつこいヤツじゃな!」 「やましいことがあるから逃げるんでしょうー! よくもノコノコと現れたわね。こらぁ、まず偽らずに本当の顔を見せることね!」 「やめい。それが『本物』のそいつの顔だよ」  後ろから言いながらやってきたのはリカルドだ。車いすを自ら運転して近づいてくる。リカルドは歩行可能だが足腰が弱いため、こうして車いすを使うことが多い。どうせ長くない時間、筋力を鍛えるのが面倒くさいとのたまっている。 「お兄さま!? この人、ルイ先生を誘拐した犯人よ!!」 「確かに計画を実行したのはその魔女だが、正確には犯人はそいつではない」 「は?」 「犯人は俺だ。――というのも正確さを欠くな」  面倒そうにマッシュルームカットの髪をかき、気むずかしげに眼鏡にさわってから、リカルドは車いすの車輪を操って器用に半回転させて向きを変えた。  そこには、会場から抜け出してきた主賓のルイがいた。 「えっ?」  クーネルが首を振りつつ、リカルド、パドゥーシカ、ルイを順々に見つめる。 「え、なになに?」 「申し訳ありません、クーネル姫」  頭からつま先まで完璧に正装した、ハンサム度5割ましのルイは真っ先にクーネルに頭を下げてきた。長い黒髪が風にゆらりと流れる。 「ええっ……? どういうこと……ルイ先生…?」    クーネルはここにきて初めて知ることとなった。あの誘拐事件に隠された真相を。  ルイは同僚のシャーリーに最初の顔合わせで出会ったときから好印象を抱き、密かな想いを寄せていた。ふたりは最初から両思いだった! こんなドラマチックなことがあるだろうか? さすがのクーネルも感服する。小説の中よりも現実の方に、『運命の恋』があるだなんて――。  シャーリーに恋してしまったルイだが、どうしても勇気が出ずに声をかけられない。思い悩んだあげく、取った行動が、リカルドに相談することだった。  相手の名前ははっきり口にしなかったものの、とある騎士を好きになったと告白、どうしたらいいか弱音を吐きだした。リカルドはなにも思いつかなかったのでアドバイスしなかった。ただ話を聞くだけ聞いてやり、応援しているとだけ伝えた。ほかにどうしようもなかった。  さて話はここでは終わらない。  別の日、仕事を終えて図書館長室でくつろいでいたリカルドのもとに、今度は騎士のシャーリーが顔をのぞかせた。仕事の悩みでも持ち込んできたのかと思ったら、彼は唐突に言う。好きな人ができて仕事に身が入らない助けてほしいと。素直であまり深く考えないシャーリーらしく、今度は相手の名前をはっきり言っていた。数学教師のルイ先生!  リカルドは、リカルドだけはふたりが両思いだと知ることになる。かといって、互いに勝手に明かすわけにもいかない。なぜかなつかれて、昼休みにはルイが、夕方にはシャーリーがそれぞれ恋の悩みを話しにやってくる! 「このままでは俺の読書の時間が激減するばかりだ、冗談じゃない……。館長室は談話室ではないし、相談窓口でもない! さらに、極めつけは、おまえだ」 「え、わたし?」 「我が愚妹までもが俺の昼休憩時間に、従者がまったく自分になびかないとグチを言いにくる。恋の相談ならば本人は必死だしまだわかるとして、なんだそのお前の下劣で下等な悩みは!? バカなのか? バァ――――カ!」 「お兄さまひどい!」  クーネルは思わず声を上げるが、その場にいる全員に無視された。リカルドは沈鬱なため息をつく。 「で……な、もうここは全部まとめて片づけるために、ひと芝居うつしかないと思ってな」  リカルドは、昔からの腐れ縁であり知り合いの魔女、パドゥーシカに協力を要請した。報酬の約束をすると、南の魔女はこころよく請け負った。リカルドのシナリオ通りに三人は行動を開始。  パドゥーシカはルイを誘拐した。むろんルイを決して傷つけない約束のもとで。ルイは狂言で誘拐されることに当初戸惑いを見せていたが、シャーリーだけに伝えるので絶対にシャーリーが助けにやってくるとリカルドに説得されて呑んだ。シャーリーに伝えた情報は多く、知り合いの魔女にルイを誘拐させるので助けに行ってくれ、これで話すきっかけになるだろうとリカルドは言った。良い魔女なので傷つくようなことにはならないとも。  そのさい、森に行く前にクーネルに一言告げてほしいとリカルドは注文を出した。クーネルは自分の周囲のハンサムがみんな自分に気があると思っているため、兄としてはその低脳で不埒な思いこみを粉々に粉砕したかった。そこで、クーネルも巻き込み、ルイとシャーリーという側近の従者が両思いであり、ふたりともクーネルにはまったく一片の興味もないという現実を突きつけることにした。  こうして舞台装置は整い、夜を徹して、壮大な茶番劇が実施されたというわけだった――。 夜は八時間、きっちり寝たいリカルドだが、この日に限ってはそういうわけにもいかない。監督として事態を見届ける義務があるからだ。リカルドは昼寝してなんとか体調を整えて、夜を徹して、四人の様子をすべて観察した。 「な、な、な、お兄さまが、すべて仕組んだことだったなんて……!」  クーネルは衝撃的な事実にわなわなと手をふるわせ、憤慨した。 「わたしだけ、なにも知らなかった……ルイ先生もシャーリーも、パドゥーシカさんは良い魔女だって最初から知ってたってことなのね。わたしだけ騙されて……!」 「クーネルよ、おまえは冒険がしたいと昔から常々言っていただろう」 「……お兄さま……」 「姫であるからには従者に取り合って決闘してほしいだとか、悪いモンスターに浚われて勇者に助けにきてほしいだとか戯れ言をほざいていたな。むだにエネルギーにあふれているおまえには、城での生活は退屈だろう。俺のおかげで突飛な冒険を楽しめただろう? あれは兄からの贈り物だ」  にやりと、溜飲を下すように得意げにリカルドがほほえんだ。それを見下ろして、クーネルは「も~う!」と地団駄を踏み、悔しがったのだった。冒険はしたい、けれど兄の手の内で踊らされているだけなんて、いやだった。  クーネルは本物の冒険がしたい。心躍る、情緒あふれる旅を。いくたびも本で読んだ世界。いつも、何度も想像していた。本当の冒険はどれだけすばらしいだろう。クーネルはただ、活字でかかれたページをめくるしかないのだ。想像の中で旅をするしかない。どんな味がするのだろう、ほんとうの外の世界は。  姫として高貴な身分で生まれたことはクーネルの誇りだった。若干、いや大いに鼻にかけていた。けれどもう一人の自分について考えてみることもある。ただの平凡な町の娘として生まれていたなら、今頃、どんな生活を送っていたのかと――。 「……ふんだ。もうわたし、お兄さまになにか頼むのやめるわ。自分でなんとかするもんね」 「そうしたまえ。今後は一切、俺の貴重な自由時間をじゃまするな」 「ええ、ええ、そうします」  へそをまげたままで、クーネルは部屋を後にした。
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