第6章 背徳のマッドサイエンティスト

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「そんなとぼけた顔をするな。知っているぞ、神楽坂愛里。一年前、動物棟で起きたラット惨殺事件、アナフィラキシーショックを利用した傷害事件に殺人事件。学祭で発生した食中毒事件に、地方の集落で起こったダム建設を巡る事件……多くの事件を解決に導いたのが、お前だ」  びっと愛里を指差す芽依。 「そして、その陰で暗躍していたのが、お前だ、福豊颯太」  続いて颯太を指差す芽衣。  何を言っているのかさっぱりである。 「あの、何を言っているかさっぱりなんですが」  心の声をそのまま口に出す愛里。 「福豊颯太が事件を呼び、神楽坂愛里が解決する。それが私の調べ上げた東央大学の名探偵のからくりだ」 「……」  コーヒーを口へと運ぶ愛里。愛里の明晰な頭脳をもってしても目の前の人物の思考回路は理解が難しかった。  愛里にとって東央大学の名探偵などという呼称は不本意極まりないものなのだが、確かに学祭事件で目立ってしまったことから、愛里のことをそう呼ぶ人間がいることは噂に聞いている。  愛里は溜め息をつき、目の前の子供のような大学院生にお帰り願おうと口を開いた。 「あの、桜宮さん……」 「まあ、お前がその名前を快く思っていないことは知っているぞ。静かで安寧な生活を願っているのだろう? だったら、その名前、返上してみないか?」 「……返上できるものならしたいですよ」  愛里の言葉に桜宮はにやりと口角を上げた。 「簡単なことだ。福豊颯太を寄越せ。ついでに清水レイアも助手として引き取ろう。私が今日ここに来たのはお前から名探偵の名を奪うためだ」  不敵な笑みとはまさに現在彼女が湛(たた)えているもののことを言うのだろう。自信に満ち溢れ、悪運すらも己の味方に付けようとする貪欲な心持ち。その根幹がどこにあるのか、ふと気になった。 「あなたは名探偵になってどうするんですか」 「じゃあ逆に聞くが、お前はノーベル賞を取ってどうしたいんだ。純粋に科学への愛か? 他者を屈服させたい、自分が優れていることを証明したい、自己顕示欲や承認欲求の充足……どれも間違ってはいないが、真でもない。そうだろ?」  どうしたいか。そんなことは決まっている。努力が何者にも勝り、自分は正しいことを証明するためだ。ノーベル賞はそのためのゴールフラッグであり、それを取って何かを為したいわけではない。  愛里は肯定を表現するため頷いた。
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