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ホットホスピス4
〇5月20日
「ちょっと待って!」
私は207号室に向かって思いっ切り走る。
「ねえ、真美さん、しっかり」
気を失いそうな彼女をきつく抱きしめた。
「先生をすぐ呼んで!」
彼女は、意識を失いかけて危険な状態になった。
すぐに恋人の沢渡武志さんに電話をかける。
20分後息をはきながら彼は飛び込んできた。
島田真美さんは脳の病気でこのホスピスに
入院している。
難病で、放っておくと余命1か月。
緊急措置で何とか命は助かったが、
予断は許されない。
先生はすぐにでも手術をするように沢渡さんに告げる。
でもその手術は、実行すれば、記憶を失ってしまうという厳しいものだ。
真美さんには両親や身内がいない。
恋人の沢渡さんだけが全て。
「先生、手術までどれくらい時間もらえますか?」
先生は「長くて2週間それを行えば確実に真美さんは記憶を失くしてしまいます」
と冷静な声でそう告げる。
そうて沢渡さんとの思い出も消える。
1分、3分、5分
「先生お願いします」
そう言って沢渡さんは深く頭を下げた。
そしてその時から、二人の新しい思い出づくりが始まった。
「真美、忘れてもいいから思い出を作ろう」沢渡さんは優しく問いかける。
「うん」
「どこに行きたい」
「特にないけど、えーと、あっ沖縄に星の砂ってあると話を聞いた事が
あるよ。
びっくりするくらいに綺麗な海岸で獲れるみたい。そこに行きたいかも」
「分かった、そこに行こう、一緒に沢山沢山の星の砂を持って帰ろう」
「行こう、行こう」
「じゃ3日後に出かけるか」
「そんなに急いで…」
「まっいいじゃないか」
3日後、二人は石垣島空港にいた。
あっけらかんとした青空。
太陽の光がまぶしくて、ハイビスカスが競う
ように咲き誇っている。
「来たね」
「ああ、来たな、星の砂は、竹富島の海岸にあるらしいんだ。明日そこに行こう」
「うん、楽しみ」
「新しい水着買っちゃった」
「へー、楽しみだな」
「あんまり期待しないで」
その夜、石垣島のホテルに二人で泊まった。
シーサーの手づくり体験をして、
花火を見て、
島唄のLIVEを聞いて、
そしておいしい料理を食べた。
誰にもじゃまをされる事がない二人だけの世界。
確かにしあわせで、暖かい時間が静かに流れた。翌日、石垣島港から高速艇で竹富島に向かった。そこはとても小さな島で、赤レンガづくりの琉球の古民家が立ち並ぶ。
水牛の馬車で、ハイビスカスが咲きほこる村の道を探索した
それぞれの家の屋根にはシーサーが乗っている。
「わー、シーサー」真美ちゃんが子供に戻ったように嬉しそうに叫ぶ。
「ホントだね、昨日僕たちが作ったシーサーより立派だぞ」
「そりゃそうででしょ」二人は軽口をたたきながらはしゃぎまわった。
明るい陽射しの中、時おり見せる真美の少し曇った表情に気がかないように、ふるまう。
そして目的の「コンドイビーチ」という海岸に着いた。
エメラルドグリーングリーンの海、どこまでも続いている水平線。あまり美しいと言葉も出ないようだ。二人はしばらく何も言えずに海をみつめている。
しばらくして「すごいな、じゃそろそろ水着に着かえようか」
「うん、ちょっとはずかしいけど」「へへ、楽しみだな」「バカッ」
二人は水着に着替えて、海に入って遊びまくった。ばしゃばしゃと水をかけあう。
泳いでいる、赤や、青や、黄色の熱帯魚たちをみつける。
「この時間がずっと続けばいいのに…」真美ちゃんは少し悲しそうな顔で武志くんを見る。武志くんは何も言わずに真美の肩を抱く。浜辺のヤシの葉がゆれる。
「さあ、星の砂を探そうか」「みつかるといいな」「バケツ一杯持って帰ろうよ」
「いいね、いいね」真美ちゃんは顔を輝かせる。
さっきの暗い気持ちは消えたようだ、ホントに明るくていい娘だ。
星の砂はけっこう見つけるのが難しくて、
小さなガラス瓶一個分しか獲れなかった。きらきら輝くガラス瓶を真美は見て「ホントに星のカタチしているんだね」「ホントだ」真美ちゃんは少しうつむいて「ほんとにありがとう」と、小さな声でつぶやいた。「バカッ、そんな事言うな」と明るい顔で、答える。でもその瞳には泪がにじんでいた。二人は病院に帰る。
「楽しかったな」「うん、楽しかった」星の砂は小さなガラス瓶をベッドの横に
置かれている。そして数日後、手術の日がやって来た。
「やっぱりやめようか」
「でも私死んじゃうよ」「…」「それはぜったいいやだ」
「いいのよ、また会えるじゃない、最初からやろうよ。
かっこよくしてないと私惚れないわよ」
「何度でも惚れさせてやるさ」
「頼むわよ」
真美ちゃんは花のように微笑んで、ストレッチャーに乗った。手術室の前まで武志くんはついて行く。真美ちゃんと手に星の砂のガラス瓶を握らせて、
「これを覚えとけよ」と言った。
「うん、分かった、ありがとう、じゃ行ってくるね」
さすがに真美ちゃんは不安を隠せなかったうだが、やさしくそう告げた。5時間後別人になってしまった真美ちゃんが手術室から出てきた。
私は真美ちゃんのストレッチャーを押して、武志くんのところに連れて行く。
「帰ってってきたな」武志くんは半分泣き顔で、
半分笑い顔。
真美ちゃんはきょとんとした顔で武志くんを見ている。
手を握り「おかえり、俺がわかるかい」と武志君。
真美ちゃんは微笑むだけで何も答えられない。
とても長い時間が流れる。「先生、どうでした」
「手術は予定どおり無事に終わりました、
予定どおり記憶はなくなっていると思うけど、
強い娘だな、大切にしろよ」静かにそう言って廊下の向こうに去って行った。
やはり真美ちゃんは何も覚えていない。
武志くんは毎日つききりで真美ちゃんのそばにいた。
少しずつ真美ちゃんは心を開く。でもやはり何も覚えていないようだ。辛抱強く真美ちゃんを看病する武志くん。私はただ見守るだけで何もしてあげる事はできない。
二人のじゃまをしない事が一番大切だと思った。ある満月の夜。
いつものようにたわいのないおしゃべりをしている二人。
ベッドの横に置いてある星の砂のガラス瓶に月の光があたった。
それは見たこともないような不思議な光で、
白い星の砂を金色に変える。
その時不思議な事が起こった。星の砂のガラス瓶の蓋が空いて、中に入っている星の砂が病室一杯に飛び出した。
そして、部屋の灯りが消えて、空中にふわわと浮かんだ星の砂が、本物の星のように輝きはじめた。二人は驚いで、何も言えないでいる。
長い、長い時間が過ぎて行く。「これは奇跡だな」
「ええそうね、きれい」真美ちゃんは嬉しそうな顔をして、あまりの出来事に疲れたのか、やがて眠ってしまった。
「奇跡ってほんとに起こるんだな」どれくらい時間が経っただろうか、
真美ちゃんの手を武志くんは握りしめて。
「何かを信じてもいいかもしれないな」小さな声で一人言をつぶやいた。
明日からも、ずっと、ずっと彼女を守って行こう
。何かが待っているのかもしれない。
何も起こらないかもしれない。
でも、あの星たちの輝きは本物だった。見えない何かを信じて生きるのもいいかもしれない。「真美、愛してる」言葉に出さずにそう言った。
すやすやと寝ている真美ちゃんは聞こえていないはずの声に少し微笑んで
ちょこんとうなずいた。。
*コロナ大変ですね?
厳しいことになっています。
いろいろ考えさせられます。
こんな時だからこそ、希望が持てるコトを始めたいと思いまして、
FBに
〇「電子書籍を出版しよう」というコミュニティを開設しました。
https://www.facebook.com/groups/806001956577343/?ref=bookmarks
〇「創作活動を応援しよう」
https://www.facebook.com/groups/938689799900665/
とういうコミュニティを開設しました。
アクセスしてみてください。
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