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ほっとホスピス3
3話になりました。
やはりむつかしいです。
重いテーマ「いのち」に向かいあわないといけないですし、
できるだけ明るい話にしたい。
ともすれば矛盾します。
でも、なんとか書きたい。
そんな想いで書いてます。
不十分かと思いますが、見守っていただければ嬉しいです。
ーーーーーー3話---------------
〇5月5日
枕元の鉄道模型を持って長沢さんはよく「ピー」とホイッスルを吹く真似をしていた。ホイッスルを吹いた後、敬礼をする。
いつもの昼食後の光景。長沢さんはこのホスピスに入院して3年。
最近体の調子があまり良くない。寡黙だが木洩れ日のように優しい笑顔の人。
時々8歳になる男の子が遊びに来る。その時は決まって宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を
読み聞かせる。楽しそうな二人。
やがて母親がやって来て何も言わずにその男の子を連れて帰って行く。
少しさみしそうな長沢さんの背中。ある日男の子が新しい
鉄道模型を持ってやってきた。赤いリボンが付いている。
そう、その日は長沢さんの誕生日。お誕生日おめでとう」と書かれたカードと一緒に
長沢さんに渡す。長沢さんはくしゃくしゃの笑顔で、
男の子の肩を軽くたたく。そしてベッドの下から大切そうにしまってあった
「駅長の帽子」を男の子の頭にかぶせた。
「似合うよ、お前にあげる」そうつぶやく。男の子は嬉しそうにペコリと頭を下げる。
また母親がやって来る。今日も無言だ。
長沢さんの娘みたいだが、何か事情がありそうだ。
その夜ナースコールで私は長沢さんに呼ばれた。
小走りで長沢さんの部屋に向かう。アメがのどにひっかかったみたいだ。
背中をポンポンとたたいてあげると、それはすぐに治った。
ほっとひと安心。でも、いつ何が起こってもおかしくない。
それくらい長沢さんの容態は良くない。
今は鉄道模型を持って遊ぶ事しか出来ない長沢さんだが、
駅長だった時代があった。
誇らしげにホイッスルを鳴らし列車を見送る。
近所の子供達の人気もあった。
制服の学生達、ネクタイ締めたサラリーマン。
買い物かごをさげたおばあさん。
いろいろな人が長沢さんの前を通りすぎた。
ある夜、男の子にもらった鉄道模型をもったまま長沢さんは倒れた。
危ない。
私は先生を呼ぶ。
「至急家族の方を集めてください」
先生はそう告げる。
2時間後、娘と男の子が病室に集まった。
長沢さんは、少しだけ微笑んで、
「ピー」と声を出して、息を引き取った。
安らかな顔で。
男の子は「ねえ、おじいちゃん寝ちゃったよ」
と無邪気な笑顔で私に話かけてくる。
時間が止まった。
涙を見せないように窓を開けると夜空に
列車の赤いテールランプが流れていた。
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