第九章 急転

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 一日の大半をカンバスに向かって過ごすことになった樹里だが、徹に付いての外回りには同行した。 「運動不足になると、いけないからな」  そう言う徹は、ハンドルを握ってご機嫌だ。  何せ、樹里と過ごす時間が、ごっそり削られてしまったのだ。  少々芸術というものに嫉妬しながらも、こういった時間を嬉しく噛みしめていた。 「いつものように、ここで時間を潰すといい」 「はい」  そう言って連れて来られたのは、一週間ほど前に徹とお蕎麦ランチをした時のカフェだ。  小さなレストランへ入ってゆく徹を、あの日のように樹里は見送った。 「期限は昨日でしたが、入金はありませんでした。お約束通り、この土地は綾瀬不動産がいただきます」 「ま、待ってください! 今月まで! 今月末には、何とかしますから!」  聞き飽きましたよ、その言葉は。  冷徹な綾瀬には、泣き落としは絶対に効かないのだ。  終いには、土下座をする店長だ。 「先代に免じて、どうか! どうかお願いします!」  先代、と聞いて徹の眉がわずかに動いた。  先代、つまり徹の父が融資を始め、一時は大賑わいだったレストランだ。  バブル崩壊と共に店は傾き、多額の借金を背負うことになった。
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