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はじめて洋一に会ったとき、幼いながらも直感で母を愛してくれるいい人なのだとわかった。この人なら安心して母をまかせられると思った。だから春も義父として洋一を認識できたはずだった。
密かに甘く奔ることになる心の痛みを忘れることが出来るはずだった。
それなのに、これからというときに母がいなくなった。
突如、何も言わず長い眠りについた母に春はただ呆然と立ち尽くすことしかできなくて哀しいはずなのに驚きが勝り、暫く涙は流れて来なかった。
その変わりに、母の眠る傍らで大泣きしている男の涙に救われたのはいうまでもない。
母の手に触れてみた。
今朝まで生きていた母の手は、冷たくて。
『桜さん、春君が来てくれたよ……』
この後、春は世界で一番報われない真摯な告白を聞くことになる。惜別を含んだ最後の『アイシテル』という五文字。
春の空虚な心に洋一の声は静かに響いた――……
ふと、目を覚ますと洋一がいつものように隣で眠っていた。
いつの間に帰ってきたのだろう。ベッドに入って寝息を立てている洋一を起こさないように春は寝返りを打った。
「おかえりなさい」
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