2人が本棚に入れています
本棚に追加
春は歩みを留めるとしばし鑑賞することにした。雨露に打たれても落ちまいとする桜の蕾たちを見ていると胸が詰まる。
このまま時間が止まればいい。傘を小さく回しながら立ち止まっている春の隣へ洋一が歩みをとめた。
「……ごめんね」
突然の謝罪に春は困惑する。
「どうしてですか?」
「いや、ほら、また雨が降ってしまったから……」
成る程と納得したと同時に春は首を横に振った。
「そんなこと……」
洋一と出かけるときは雨が多い。例えば、学校の晴れて欲しい行事で洋一が来る日はすべて雨だった。でも、春にとって天気は関係ない。
洋一が貴重な休みを自分と一緒に過ごしてくれることがなにより嬉しかった。
「僕、洋一さんと出かけることが出来るだけで幸せです」
ほんの少し照れ臭くて春は未だ咲かぬ桜へと視線を戻す。
「……お前ら完璧に俺の存在を忘れているだろ?」
春と洋一との間を割って杉山が入ってくる。一瞬にして洋一との距離ができた。
大人気ない杉山に対して洋一は溜め息を吐いたが、見ているとわかる。
洋一と自分には距離があるが、杉山と洋一の距離にはそれを感じない。それだけ洋一が安心しているのだと思う。
最初のコメントを投稿しよう!