5.大学の教授

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5.大学の教授

 思い付いたのは、お世話になっている大学の教授だ。試験の点数は満点近かったのに、授業への出席率が悪いからと、単位をくれなかった教授だ。 「あなたの将来を思って、落としたのよ。才能はあるんだから、ちゃんと勉強しなさい」  そう言ってくれた。  勉強したいので、バイトの時間を少なくしたい。そう言ったら、話を聞いてくれそうな気がした。  新学期が始まり、その教授の授業に出席して、終わって教授が帰ってしまう前に捕まえた。 「教授、相談があります」 「じゃあ、教授室まで来なさい」  教授室に着いて、一対一で話を聞いてくれた。周りの他の学生に聞かれたくなかったから、ありがたかった。 「どうしたの?」 「お金が無いんです」 「借りたいの?」 「いや、日々の生活はギリギリやれているので、借りたい訳ではありません。授業以外の時間は、実はほとんどの時間、アルバイトしているので、勉強する時間が十分に取れないんです」 「どんなバイトしてるの?」 「コンビニの夜勤と、宅配ピザのデリバリーやってます」 「仕送りは少ないの?」 「はい、ゼロです。うち、余裕ないので。」 「奨学金は申し込んでなかったわよね?」 「はい、後で返す自信ないから、申し込んでないです」  教授は少し考えて言った。 「じゃあ、あなたの望みは、お金の心配をしないで、司法試験の勉強に集中できる環境がほしいってことね?」 「はい」 「生活に必要なお金を一年分借りて、一年間勉強に集中してみるのはどう?」 「一年後に、合格しなかったときの事が怖いです。ただでさえ、合格率の低い試験だし。借金背負って、返すために今より多く働かなきゃいけないから、取り返しがつかなくなりそうです」 「じゃあ、しばらく勉強休んで、バイトに集中してお金を貯めたあとで、勉強に集中するのは?」 「勉強に集中できるのは、僕が二十五歳くらいになりそうですね。就職もせず、試験のために浪人している。うーん、そのまま合格できればいいけど、無理だったら、二十代後半で就職活動しないといけない。なかなか、どこも採用してくれない気がします」 「学校を休学して、実家で一年間頑張ってみるのはどう? 家賃かからないでしょ?」 「学費は、親が出してくれてますけど、留年や休学をすると、お金が余分にかかるから、難しそうです。休学もたしか、通常の学費の三分の一くらい、お金がかかりますよね?」  教授は、また少し考える素振りを見せて言った。 「お金の心配をしないで、勉強に集中できる環境がほしい。そして、借金はしたくない。そして、社会のレールに乗ったままでいたい。こんな感じよね?」 「はい」 「じゃあ、学校を留年せず卒業して、就職して、社会のレールに乗ったまま、合間の時間で勉強して、試験を受け続けるっていうのが、一番合っている気がしてきたけど、どうかな?」 「はい、僕もそう思って、いまその方向で動いているのだと思います。」 「あなたは、自分で自分の望みを叶える方法を知ってて、それを実行していたってことね?」 「そう、なのかもしれません。けど、毎日バイトで、毎日つらいし、バイトだから将来に有益につながるものでもないし、もっと何か良い方法が無いかなあと思って、今日は相談してみました」  教授は少し沈黙したあと言った。 「あなたの状況は難しいよ。何かよい方法があればいいけどね。私も何か考えてみて、良さそうなものが見つかったら、あなたに伝えるから」 「ありがとうございます」  その日の相談は、それで終わった。  それから、二週後の授業の終わりに、教授から声をかけられた。教授室に入ると、教授は言った。 「うちの学科でね、いま助手の空きがあるの。卒業したら、そこに入らない? 給料は安いけど、残業ないから、勉強時間もしっかり取れるし。もちろん法律学科の仕事だから、仕事中も勉強になるよ」 「いいんですか? ぜひお願いします」 「じゃあ、卒業するまであと一年ちょっとの辛抱ね。それからは、社会のレールに乗ったまま、しっかり勉強できますよ」 (完)
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