魂《こん》と呼ばれし者と小柄な少女

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魂《こん》と呼ばれし者と小柄な少女

月夜(つくよ)、どうした』  金生月夜(かなうみつくよ)、それが普段巫女姿をしている彼女の名前。  南宮大社(なんぐうたいしゃ)という鉱石を司る神を祀る神社の巫女で、宮司の娘らしい。  この神社の事は私の記憶にあった。岐阜県の美濃国一宮(みのこくいちみや)で、千二百年ほどの歴史があり、近年、刀剣女子が来るとか来ないとか。近年っていつだ?  月夜の髪は銀髪で、その長さは地面を引きずるほど長く、引きずらないように髪を結い上げているのが、それでもかなり長い事がわかる。  髪がかなり長い為に、まるで三つ折りしているかのように髪を面状に折りたたみ、後頭部辺りに一箇所束ねると、そこから後ろに銀髪を垂れ流している。全く束ねていないと地面を引きずってしまうほど長いのだ。  肌も白く、顔も童顔であるために、童女(どうじょ)と間違えられる事が多々あるようだ。  そんな月夜が今日は着飾って、女房装束(にょうぼうしょうぞく)いわゆる十二単の様な衣装を着ている。 「今日は、大学寮(だいがくりょう)の日ですよ。うちってこう見えて美濃国一宮でしょ、貴族の方への接触も多いので勉強も必要だからって、父様に通う様に言われてるの」 『ああ、もうそんな日か』  ここに来て気づいた事も多い、大学寮とは古代、平安時代にあった学校の様なものである。平安の大学寮と違うのは、貴族以外の一般にも解放され、女性も通っている事と、京の都だけでは無く、西日本の主要都市にある事だろうか。  大学寮とは別に、義務教育と同じ扱いとして、国学(こくがく)というものがあるようだ。こちらは平安時代の郡司の為の学校であるが、内容としてはそれとは随分違うらしい。  私の知る限りの知識を複合すると、この世界は日本の現代と過去の全てが入り混じる世界で、いわゆる二十一世紀の現代日本によく似た異世界ということ。 「そんなに遠くはないとはいえ、歩くには遠いですし、何よりこの衣裳で美濃国分寺まで行くのはいやなんですよねぇ……」 ここ美濃国の大学寮は美濃国分寺(みのこくぶんじ)と同じ敷地内にあるようだ、いわゆる国府のある地に国分寺(こくぶんじ)はあり、今で言う県庁所在地(けんちょうしょざいち)とほぼ同意である。 『動きづらそうだしな』 「うーん、それもそうですけど、凄く目立つから、恥ずかしいんです。お貴族様は車だけど、うちは乗るとしたら乗り合い車ですし、かといって歩くと、そこそこありますし、やっぱりこの服装は目立つし」  十二単っぽいだけで、構造は動きやすいように袖は短く、裾も地面につかない様に足首程度までに短くなっている。とはいえ重ねの五衣、唐衣裳は健在、いやが応にも目立つ。  車も、現代日本の自動車と速度こそは近い物の、見た目は古代の牛車に近い。四足歩行ロボットのような感じの傀儡馬(くぐつば)と呼ばれる物が引き、原動力としては魔法力のようなものを使用している。乗り合い車はそれのバス版と思って頂きたい。 その原動力をこの世界では神力(しんりょく)とか、霊力(れいりょく)などと呼んでいるようだ。原理としては現代の電気に近く、貯める事や、自然から作り出す事が出来るようである。  個人差はあるようだが、人もそれを作り出す事が出来るようで、いわゆる魔法力っぽいといったのはそんなところからである。 『自転車は使わないのか?』 「自転車は上手く乗れないんですよ、この格好ではなおさら……」 『乗れないのか、まぁたまに乗れない人もいるな、確かに』 自転車があるのに使ってないと思ったら、月夜はどうも自転車が乗れないようだ。頭の回転は良い方で、知識も豊富なのだが、この娘は極度の不器用なのである。 「やっぱり乗り合い車で行こうかなぁ」 『月夜、お前の体かせ』 「は、はひぃ?」 月夜の声がうわずったのがわかった。うむ、お約束どおり何か、勘違いしているようだ。少し説明をすると、私は実態を持たない存在であり、月夜とはどうも波長があうのか、同調して体を扱う事が出来るのである。 『お前の体で自転車に乗って、国分寺までいってやると言ってるんだ。感覚は共有できるのだから、それで感覚をつかめ、いいな』 「そう言う事ですか。い、いいですけど、変なことしないでくださいよ魂様(こんさま)」 明らかにきょどっているのは、初めて月夜の体を使った時に、体の感触を調べる中で、感覚を確かめるために胸を揉みほぐしたのを、未だに根に持っているようである。大した胸でもないのに、何をそんな…… ちなみに、月夜が私の事を「魂様」と呼ぶのは、月夜が「神様」と呼ぶので辞めさせた。そこで私は魂のような存在だと言ったら「魂様」と呼ばれるようになってしまったのだ。まぁ、神よりはマシだと納得することにした。  今回自転車に乗ってるのが見られたら、けっこう目立つ事には違いないと思うのだが、月夜は意外と天然なのでそこには気づいていないだろう。 『なんでも良い、体を貸せ』  そう言うと、私は月夜の身体に入り込む。  感触を確かめるように、手足を軽く動かして自由に動かせる事を確認する。体があるという感覚は、前回も感じていたのだが、なんとも言えぬ懐かしさを覚えた。やはり私はかつて人間であったのだろうなと思えた。  私は月夜の身体を自分の意思で自由に扱うと、その感覚は月夜と共有することになり、月夜きは感覚だけが残り、身体の支配は私の物となるのである。  感覚については、自分の体ゆえか、月夜は逃れる事が出来ないようだが、私の方では動作の支配のみで、感覚を遮断するようにすることは可能なようだ。だが、そうすると加減がわからなくなるため、場合によっては、月夜に大きな負担がかかることとなる。そのため、よほどのことがない限り、感覚の遮断は意味をなさないであろうと思っている。 (変な事しないでくださいよ、感覚だけで自由がきかないのは結構不安なんですよ)  ふむ、やはりまだこの前、胸を揉みほぐした事を未だに根に持っているのか。だが、そう言われると——。 (きゃぁ、い、いやぁ!だ、だからやめてくださいってぇ!)  やりたくなるのが、人のサガというもの。  そう思い軽く胸を揉んでみる。すると脳裏で月夜の小さな悲鳴と、悶える声が響く。月夜の胸はほぼ無いくせに、敏感なのか…… (はぁ、はぁ、今度やったら怒りますよ)  月夜は息を荒げながら、必死に不満を口にする。  もう怒ってると思うのだが、まぁ気にしないでおこう。 「まぁよい、私が今日は国分寺まで行くので覚えろ、よいな」 (は、はい)  私は月夜の体で自転車にまたがる。形的にはママチャリに近い形をしているが、この世界では和服が中心であるためか、トップチューブ、いわゆるフレームの前タイヤとペダルの間が低く設定されて、乗りやすくなっている。そのおかげで、重ね着しているこの服装でも比較的乗りやすい。歩くよりは断然マシである。  私は自転車にまたがると、ペダルを踏み進む。 (すごい、車ほどでは無いですが早いですね)  この世界、ありがたい事に主用道路はあちら側とほぼ酷似しており、なおかつアスファルトでは無いのだが綺麗に舗装されており、以外にも快適である。 「うむ、この世界は道が空いていて快適だな」  道中は田畑が広がっており、爽やかな春の風が心地よい。  移動用に長い銀髪を束ねてはいるも、時折横髪が頰を撫でる。景色の流れていく様子は、移動速度がそれなりに早い事を物語っていた。  こうして周りを見回してみても、地形や古い町並み、気候も私の知っている物と変わり無い。唯一違うのは場所によって繁華街が違うことだろうか。歴史上でかつて栄えた地が、この世界では栄えているというのはけっこう多いのだ。まるで大きな歴史のテーマパークのようで、歴史学者が見たら泣いて喜ぶことうけあいである。  一刻(三十分)ほど進むと、建物群が見えてきた。この地もあちら側世界ではただの遺跡で何も無い地なのだが、平安時代は栄え一大都市であった事を物語るように、まさに小京都とも呼べる街並みが広がっており、そこに大学寮があるのである。 「自転車は便利であろう、なれれば歩くより早く移動できる」 (そうですね、せっかくあるのだし、乗れるように頑張ってみます)  私はそう月夜に分かるように口をすると、大学寮のある建物へ自転車を進めていくのだった。
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