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「おーい、月夜!」
大学寮への門へと続く街道を進んでいると、頭上から呼ぶ声が降ってくる。む、まずい、話しかけられるとボロがでる、ひとまず月夜に体をもどさねば。
『月夜、後はまかせる』
「え、あ、えっ、い、いや、いやぁ!」
月夜はいきなり感覚が戻ったためか、困惑する。さらに自転車にうまく乗れないことも相まって、バランスを崩すとその場で派手にすっころんでいた。
「い、いったぁいーー、もう魂様いきなり体をもどさないでください、しかも私自転車のれないんですよ!」
『おい、月夜、お前いま派手に大きな謎な独り言いってるぞ、痛い奴だと思われるぞ』
「え、あ、えぇぇーー!」
「おい、大丈夫か月夜、今ので頭でも打ったのか?」
「だ、だだだ、大丈夫ですよ、いたって正常です、穂乃華さん」
月夜は立ち上がりながら埃をはらうと、両手を腰に当てて顔を引きつらせて冷や汗を流しながら胸をはった。明らかに大丈夫には見えない……。
「ははっ、あんたは相変わらず面白いね、天然なことを大真面目にやるから」
少し上から降りてくる笑いに対し、そこに視線を送ると自動傀儡馬と呼ばれる、乗り物に乗った女性の姿が目に映る。目が醒めるような赤髪を肩のあたりで切りそろえた、月夜よりも年齢がいくつか年上であろう大人の女性が目に入った。
月夜とよく似た改造十二単をまとっている事で、大学寮の者である事が分かる。
どうもこの衣装デザインは基本さえ守れば、好きなように変更出来るようで、大学寮へと向かう似たような服装の者達は思い思いに手を加えられているようだ。
この穂乃華という者は、膝がしらギリギリ見え無い程度まで短くした切袴、いわゆるズボン型袴。五衣なども前側は動きやすいように、空きが広めにとってあり、袖口も極力短くしてあるようだ。きっとこの長さが規則内で最も短い限度なのであろう。
その女性、穂乃華は声をかけてきたと思うと、すぐさまひらりと飛び降り、月夜へと抱きついてくる。背中側にある裳などは、長く動きにくいはずであるが、器用なものだ。
「穂乃華さん、お酒くさいです、飲酒運転ですよ!」
「いつの時代だよ、今は自動運転時代だぜ。しかし、月夜が自転車なんて珍しいな、そもそも自転車に乗れなくなかったか?」
この女性は槍岳穂乃華といい、同じ大学寮の寮生だ。大学寮は年齢に決まりがないため、様々な年齢や職業がいる。必要なのはそれなりのお金だけであり、この人は所属する組合から出資してもらい、勉強に来ているらしい。
「だから、臭いんですよもう」
「しょうが無いだろう、寅の刻前(午前四時前)まで飲んでたんだから〜」
この世界では昔の日本で使用していた、四十八刻を使用しているようだ。鼠の刻が午前零時〜午前二時で、そこから二時間刻みで十二支を当てられていると思って貰えば良いであろう。
「それ、ほとんど早朝じゃ無いですか。受講中にまた居眠りしますよ」
月夜はそういいながら、眉間に皺を寄せ必死に離れようとするが、穂乃華は離れるどころか顔をすり寄せてくる。それにますます嫌そうな顔を見せるが、力では勝てないようで諦めたようだ。
「なぁなぁ、それより、さっきのあれなんだよ、コン様ってだれだよ」
穂乃華はそのまま肩に手を回し、耳元でそうささやくと、月夜はそれに思わず顔を硬直させて、冷や汗を流す。
「な、なんでもないですよ、そ、そう、お狐さまのことですよ。宇迦様のお使いである、白狐様ですよ」
「えー、お前んとこの主神は金山さまだろ、宇迦さま関係ないじゃん」
『うむ、どうみても苦しい言い訳だな』
「魂様は、だまっててください、もう、怒りますよ」
『ばかだろお前、完全に自爆してるぞ……』
「ほらまた、コンってなんだよ。お前には見えてるんだろ?」
そう言って、私の声のする方を見つめるが、完全に自爆している。そう言われて、穂乃華に顔を見つめられ、あわあわと顔を青ざめる月夜がそこにいた。
「あ、わ、私のところの境内にも南宮稲荷神社がありまして、その、だからそこの、お狐――痛!痛いです穂乃華さん!」
「ははっ、あんたほんと面白ね、からかいがいがあるよ」
そんな穂乃華はおでこに、デコピンをすると、月夜は真っ赤になっておでこを抑えてしゃがみ込む。それに対して高らかと大笑いをする穂乃華だった。
月夜とは心の声で会話が出来るため声を出す必要が無く、私の声は月夜以外には聞こえ無いのである。しかし、月夜は癖なのか、天然なのか二人でいる時は、いちいち話しかけてくるのだ。そのため今回のように人前で、思わず声を出して話かけてしまうことがある。
そんなのを人に見られたりしたら厨二病か、電波だと思われること請け合いだ。
「も、もう、そうやってすぐにからかうのやめてください、遅刻しますから行きますよ」
ようやく穂乃華から解放された月夜は、乱暴に頭を触られたらしく、不満顔で乱れた髪を束ね直す。
二人はそんなたわいない会話をしながら、不機嫌な表情を浮かべ月夜はズンズンと大学寮へと歩き、穂乃華はその後ろで私に振り向くと片目を瞑る。
この者、私が分かるのか?
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