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月夜と穂乃華の抱く覚悟の違い
その日の受講は淡々と進む。
大学寮は我々の知る学校の授業とは、少しばかり趣向が違う。同じことを皆でやる授業とは違い、各人の覚えたいことに合わせ覚えたいことを覚える。必要の無い事は覚え無いという、塾や家庭教師に近いがそれとも違う気もする。他にも違う点がかなり多くあるようだが、私もあまり詳しくないので後々調べる必要があるかもしれない。
「ちぃ、面倒な……」
隣にいた、と言うか眠っていた穂乃華が唐突に不機嫌そうにつぶやく。
「またですか、穂乃華さん」
「まぁな、軽くやっとくか。おい、月夜一緒に来い」
そう言うと、穂乃華は五衣をたくし上げながら動きやすいように、道中着のように腰で縛ると、袖もたすき掛けしながら外へ足を運ぶ。
「先生すみません、ちょっと行ってきます」
月夜は深々と頭を下げながら席を離れ、その後ろをついて行く。
「仕方ないが、終わったらすぐ戻れよ。特に槍岳、ちゃんと戻れよ」
「へいへい」
先生は怪訝な顔をしながらも送り出し、それに対し穂乃華は生返事を返してひらひらと手を振って部屋から出る。月夜は部屋を出る時、先生に向かって深々と頭を下げ、すぐさま穂乃華の後を追った。
「穂乃華さん、どこですか?」
「国分寺の裏あたりだな、こっちだ」
穂乃華は歩きつつ、目の前の空間を軽く手で撫でながらそう答えた。この世界にも我々のネットと同じ環境があり、とある通信媒体を介して自分だけが見える情報を目の前に表示できるようである。その点を見ると、私が知っている世界よりもかなり進んでいる感じがする。
「ここだな」
穂乃華はある程度進み、林の広がるところで足を止めた。近くまで行くと何とも言えぬ淀んだ空気があり、それは私にもわかるものだった。
「まぁ、小物だな」
穂乃華が力を注ぎ込んだ右手に、いつの間にかニ尺(六十センチ)ほどの杖が現れる。本人の力にもよるのだが、この世界では大きさを変化させる事が出来る物があるようだ。これも如意棒よろしくで、小さい物を大きくした物らしい。
「穂乃華さん、来ます!」
国分寺の北側にある山裾の森林が、風と共に騒めく。それに合わせたように黒い靄がかるものが、こちらに向かって飛来してきた。
『金山金剛璧!』
月夜はそう口にするといつの間にか手にしていた杖を頭上に掲げ、自分の数歩前に立つ穂乃華に向かって振り下ろす。穂乃華の身体へと神術とこの世界の者達が言っている技が降り立ち、体が光り輝いていく。
その直後、黒い霧がかったものが穂乃華に当たるも、ぱしゅと軽い音が響き同時に霧散した。さらに追撃するかのように黒みがかった物体が飛び出してくる。それは頭に角の生えた、鼠にような生き物らしきものだった。
『氷結石!』
穂花が杖を掲げそう発すると、杖の先から拳大の氷が生み出され、黒い鼠のような生き物らしきものへと放たれる。するとその鼠のような物は直撃を受けて霧散し、そこにあった嫌な感じも消えていた。
「穂乃華さん、流石ですね」
「小物だって言ったろ、それにこれくらいならあんたも出来るはずだぞ」
賞賛した月夜に対し穂乃華は若干怒気を含んだ声で言い、軽く目を細めながら怪訝な顔をみせる。月夜はその視線を嫌い、表情を曇らせ逃げるように俯いた。
「わ、私はそんな事……」
少し怯えるような感じで落ち着かない様子を見せ、頰に触れた銀髪を所在なさげに触る。
「あんたね、あれだけの障壁を作れて、簡単な物質が作れないわけないだろ、あんたはただ怖いだけなんだ」
その態度が癇に障ったようで、穂乃華は言葉を荒げる。
「だって傷つけることなんて……」
「そんな事言ってるといつか死ぬよ。今はいいけど一人の時に同じ事があったら、相手は待っちゃくれないからね」
「はい……」
月夜は正論を説かれ、反論出来ない事に肩を落とす。
「まぁ、今はまだいいから気にすんなよ、それにあんたの支援術は私の知る限り、あんたの右に出る者はいないのはたしかだ。ただ防戦一方じゃ限界がある、それだけは覚えておくんだよ」
穂乃華は、表情を緩め月夜の頭を軽く撫でると、場の雰囲気を和ませるように笑みを浮かべる。月夜は顔を俯かせたまま軽く頷き返し、ぎこちないながらも笑みを返す。
「それよりさ、折角抜け出したんだし、昼飯食いに行こうよ。もうすぐ昼だろ?」
穂乃華は話を変えようと軽いのりで語りかけ、月夜に後ろから抱きつく。
「あの、私まだ荷物を寮に。それに午後の講義もありますし」
「いいっていいって一日ぐらい気にしなくても、帰りに荷物を取りに行けばいいし」
「で、でも」
「ほら行くよ」
そう言って手を引くと自動傀儡馬を呼び寄せ、その上に月夜を乗せ自分も飛び乗り、颯爽と走り出した。自動傀儡馬はその名の通り、自動で動く機械式の馬である。やはりこれも神力が原動力であり、自動とあるように自分の好きな時に呼び寄せる事も出来るようだ。
「やっぱ春は気持ちがいいな、暖かくなってきたし、桜が咲いたら最高だね」
穂乃華の背中にしがみついていた月夜は、頰を撫でて行く爽やかな風に目を細め、いつの間にか表情も綻み微笑んでいた。
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