野営は七人の愉快な仲間と共に

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野営は七人の愉快な仲間と共に

 二人が寮に戻ったのは、午後の講義が終わろうかという頃だった。 「おいなんだよこれ。まぁだいたい察しはつくけどねぇ、なぁ立山」  穂乃華が自分の席に着くなり怪訝な表情を見せながら、何かの液体が飛び散って汚れた机をとんとんと指で叩きながら、立山と呼んだ男の方を向く。 「席が空いとったで、使っただけっちゃ」  背が高く、のらりくらりとした様子の男性で、その雰囲気から何となく軽いノリの性格だというのがわかる。 「人の机で飯食うなっていつも言ってるだろ、しかもいつも汁もん食いよって、自分の机で食え」  立山は越中、日本でいう富山からからここに来ているらしい。穂乃華の机を汚した張本人で、どうも常習犯らしい。 「なん、机が汚れちゃ」 「うちの机が汚れてんだけど」 「拭けばいいっちゃ」 「じゃあ、あんたが拭けよ!あんたと話してると頭が痛くなる……まぁいいわ、あんたら今度の土日に野営行くよ、どうせ暇だろ?」  穂乃華はそう言うと立山の近くにいた数人に向かって話しかける。 「野営なら僕が居ないと始まら無いだろう、もちろん行かせてもらうよ」 「この前、新しいのを手にしたから試したいのがあるんだ、楽しみだな」  立山の近くにいた、また同じように軽い感じの男、二人が楽しげに話しに入ってきた。 「ああ、金華(きんか)能郷(のうごう)はある道具持ってきてくれな、足りないのは今から雪栖で買い足すからさ。立山と伊吹も行くだろ、大日は強制だ」  その二人、金華と能郷と穂乃華が呼び、首を縦に振ってやる気満々なようだ。そしてさらにその近くにいた、立山、伊吹、大日と呼んだ三人に向き直った穂乃華はそう続けると、頷いたのを確認し荷物を担いで歩き出す。 「じゃあ岐阜の雪栖にいくよ、色々買うから誰か車だしてよ」  美濃国分寺周りも栄えているとはいえ、岐阜には新しい物が多い。国分寺が古都のイメージなら、岐阜は新興都市といった感じであろう。  この世界の日本は、我々の知る日本と違う部分が多い。その筆頭が国が二分している事だろうか。東日本は江戸を中心とした徳川源氏連合とも呼べる幕府が統治、西日本は平安京を中心とした天皇統治である。  ここ美濃は両統治下の境であり、 最も影響を受けている地域のようで、岐阜と不破郡の国府という二つの主要都市があり、現代でいうなれば二重県庁所在地の状態にあるのだ。  他の地域にはも重県庁状態地域はなく、長良川を挟んだ東は幕府の統治下であり、西は天皇を中心とした朝廷の統治下になっているのは分かりやすい。そういった事を考えてもここ美濃だけが特殊な状況なのである。  そのためか、ここ近年はこの地の成長が著しく、互いに競い合いが起こっているようだ。  月夜と穂乃華達の七人は、岐阜にある雪栖(ゆきずみ)という大型店舗に来ていた。  二人は普段着に着替えてきており、月夜は薄く淡い水色の小袖に、紫紺の袴を身につけており、穂乃華は鮮やかな朱の小袖に、深い紅色の袴姿である。  七人は店舗の中に入るとスポーツ用品店らしい品揃えで、大型店らしく品物も豊富、さすがは全国チェーンの本店だ。その中にあるキャンプ用品売り場へと足を運んでいく。 「野営だと、必須なのはまずは天幕(てんまく)(テント)だよね」 「天幕って誰か持ってた?」 「四人用なら僕が一つ持ってる。去年奮発して、頂雪(ちょうせつ)快適円蓋(かいてきえんまく)を買ったからね」  穂花のつぶやきに、能郷が問いかけると、金華が得意げな顔をしてそう答える。頂雪とは名前の響きから、現代日本の新潟にある会社であるスノピのことだろう。快適円膜は一番の売れ筋テントである、アメドの事だろうか。 「でも、今年雛形変更(モデルチェンジ)したんだよな確か」 「それは言わ無い約束だよ、伊吹さん」  口の端をあげ笑みを見せてそう言った伊吹に、金華が明らかに落胆した様子を見せ、周りで笑いがどっと湧く。 「一針はそれでいいとしても七人だから追加がいるね、呼男(よびお)が定番だけど、やっぱ頂雪も捨てがたいよね」  呼男はきっとコー〇マ〇のことだろうなぁ、キャンプ用品だし。 「論理の天幕も定番かな。あ、でも新型の頂雪の快適円蓋が二割引になってるよ」  理論はギリシャ語のロ〇スを日本語にした感じだな。 穂乃華がテントを物色していると、能郷から声をかけられそこへ移動してそれを見てほくそ笑んだ。 「よし、それにしようぜ」 「おいおいおい、そりゃないよぉ」  即決定した穂乃華に、さらに落胆した様子を金華が見せ、また笑いが生まれていた。 「寝袋や敷布は各人で用意するとして、丸焼き焜炉(こんろ)と、机か必要なのは」 「焜炉は痛みやすいし、どうせ買い換える事になるから安いのでいいでしょ」 「机はデカいのあればいいから、雪栖(ゆきずみ)の自社品でいいんじゃないか」 「そだな」  などと皆が話し合っているなかで、月夜は少し離れた所で何かを見つめていた。 「月夜、どうしたそれが欲しいのか」 「穂乃華さん。いえ、こんな小さくて可愛いのもあるんだなぁって思って」  穂乃華に声をかけられた月夜は、びっくりしながら不意に振り返る。 「ああ、それか、天空っていう頂雪の名作だ。うちも持ってるよ、小さいのに結構明るいんだぜそれ、その割には安いしな」 「六千園ですかぁ……」 「気に入ったのかい?」 「ええ、小さくて可愛いなぁって、でもちょっと」 「金かい?」 「はい、きびしいので……」 「買ってやろうか?」 「いえ、やっぱりこういうのは自分で買わないといけないと思うんで、買います!」 「そうかい」  月夜のそんな様子を微笑ましく思ったのか、穂乃華は顔をほころばせた。  皆も必要な物を買い揃え終わったのか、いつの間にか集まっていた。 「さて、これで必要な物は全部揃ったのかな?」 「机に焜炉、灯籠は持ってるのもあるし、天幕も追加と。あとは——」 そんな所に会計を済ませた月夜が、てこてこと満面の笑みを浮かべて駆け寄る。 「買ったのかい?」 「はい、穂乃華さんとお揃いですね」 「大事にしなよ」 「はい」  とても嬉しそうに手にする月夜は、年相応の少女で微笑ましい。 「椅子が無いんじゃない?持ってない人は各人で用意が必要だね。無い人は買っておいてな」  その言葉に青ざめるような顔をした月夜が、手にしていた物を落とす。 「おっと、月夜、いきなり落とすんじゃ無いよ。壊れるだろ」  それに素早く反応し、ナイスキャッチする。 「ほ〜の〜か〜さーん……」  目をうるうるしながら、月夜は穂乃華に訴えかけるような顔を向ける。 「あんた、もしかして……」  月夜は財布を逆さにして、涙目でアピールする。 「わぁった、わぁったから、安い椅子買ってやるよ」 「ずびばぜ〜ん、ぼのがざん」  そんな月夜にほかのみなも笑いをみせ、皆が少しづつ出して椅子のお金を出すことになり、月夜は皆に何度もなんども頭を下げていた。
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