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第10話 麓の村
魔物を倒した後の魔石は全部で五つ。どれも地面に落ちて草や落ち葉で隠れていたが、それを見つける感覚はすぐに覚えた。魔石は空気中よりも濃く固まった魔素だ。禍の気配を探すときの要領で見つけられる。ほんの微かな気配だが、戦闘中でなければ翠には容易いことだった。
「熊のものとは、色が違うのう。まるでビー玉のようじゃ」
青い色の魔石は熊のものより少し小さいが、綺麗な球形だ。五つ全部を拾ってから、グレン達のいる方向へと歩く。
さいわい、二人とはすぐに合流できた。
「スイ! いきなり一人で走り出したら危ないだろ」
「そうかのう? 私は今まで戦う時はいつも一人じゃったが」
「……スイ、今は私たちがいるんですから。次からは魔物が居たら一緒に戦いましょう」
ティムが言うと、グレンもそうだそうだと声をあげた。
なるほど、誰かと一緒にいるとはそういうことか。翠にとっては物珍しくもあり、ほんの少し面倒にも感じられた。
「ところでどんな魔物がいたんだ?」
「犬じゃな。ほれ」
翠がグレンに向かって無造作に魔石を一つ放った。
それを受け取ってグレンが驚愕する。
「犬って、水属性のこのサイズの魔石だぞ。それフェンリルだろ」
「本当ですか!? フェンリルがこの辺りまで降りてくるとは、いくらなんでも少しおかし過ぎます」
「ほう。フェンリルというのか。でかい犬じゃった」
「この魔石も高く売れる。大事に持ってろよ」
グレンはそう言って魔石を返そうとしたが、翠は受け取らずにもう一つ、帯につけた巾着から魔石を取り出してティムにも渡した。
「まだあるゆえ、これはそなたらに。その代わりに魔道具の使い方を教えてほしいのじゃ」
「いったい何体倒したんだ」
「五つほど」
「……」
ティムが絶句した。
「金などなくても私は山で生きていけると思うたのじゃ。けれど獲物が魔石になってしまうと食うための肉が取れぬ。町で暮らすにはちいと厄介な制約があっての。なのでそなたらには、いろいろと助けてほしいのじゃ。これは冒険者であるそなたらを雇う依頼料だと思ってはくれぬか?」
翠の話にあきれ顔のまま、ティムがグレンの手からも青い魔石を取って、二つとも翠に返した。
「依頼はギルドを通してもらわないと困ります。そもそも依頼などなくても、当面のスイの面倒くらいみます。スイは命の恩人なんですから」
「そうだな。何も持ってないなら金も必要になるだろ。大事に持っとけよ」
「そうか……」
「そうそう。じゃあ行きますよ。もう急に走らないでくださいね」
ここから半日ほど下ると、この国で霊峰グウィンに一番近い村がある。今からだと着くのは夜になるが、山中で野営するよりは村で泊まるほうがいいだろう。途中で何度か魔物を倒しながらも、三人は先を急いだ。
日が沈み、あたりがゆっくりと暗くなり始める頃、前方に村が見えた。暗くなっても翠は夜目が効く。けれどグレンとティムはそうでもないらしい。荷物の中から明かりの魔道具を取り出し足元を照らしながら、村へと向かう。
普段だったらこんな辺境の村の人々は、日が沈むと家に入って過ごすものだ。けれども三人が村に着いたときは少し様子が違っていた。
村のあちらこちらで火が焚かれ、武器を持った大人たちが見張っている。その中の一人が翠たちに気付いて声を上げた。
「おーい、山から人が下りてきたぞ」
「鉱山の者たちか?」
「いや……あれは今朝発った冒険者だな。それと場違いに赤い服を着た女が一緒だ」
ざわざわと話す村人たちの中から、数人が前に出てきた。
「あれは村長だな。何かあったのか」
グインが呟く。
剣を持った屈強な若者に挟まれて、筋肉質な壮年の男が口を開いた。
「あなた方は今朝、山の調査に向かわれた冒険者ですね。予定では数日は山に籠っていると聞きましたが」
「ああ、村長さん。夜遅くに戻ってきて済まない。山の様子を急いでギルドに伝えたほうがいいってことになってな。今晩はこの村に泊めて欲しいんだが」
「なるほど。私たちも山について聞きたいことがございます。では私の屋敷へおいでください」
村長は見張りの者たちに指示を出してから、翠たちを家へと案内した。
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