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第4話 異なる世界
人間の男たち、グレンとティムは冒険者なのだと名乗った。翠にとっては聞き馴染みのない職業だ。名前も変わっているような気がする。そして何よりもその見た目が、今まで見た人間とは異なっていた。
グレンは熊に殴られた腹をさすりながら、薬のようなものを飲んでいる。
ティムは手に持った石を翠に差し出した。熊が変化したそれは石というよりも真ん丸な玉で、半透明の白い色をしている。大きさは鶏の卵よりは小さいくらいだ。
「ありがとう。助かりました。……奇妙な服の、えっと麓の村の人ですか?」
「奇妙なのはそなたらの耳と尾であろう」
「話し方も変わってるな。獣人が珍しいのかよ?こんな田舎だと獣人もそんなに住んではねえか」
少しむっとしたようにグレンが言う。グレンもティムも、頭の上にまるで犬か狼のような耳が付いていた。それに尾も生えているようだ。
だがそれは彼らにとって、珍しいことではないらしい。
はたして翠が今まで知らなかっただけで、獣人というものも世の中には居たのか。しかし大気中の濃い妖気や見たことのない禍も併せて考えれば、まるで異なる世界へと迷い込んだように思われた。
「うむ。どうやら遠くから迷い込んだようじゃ。ところでこの石は?」
「ああ、もちろんホーンベアの魔石はあなたが全部持って行ってくれてもかまいません。命を救ってもらったお礼はもちろんしたいですが、今は持ち合わせがないんです。無事に町に帰ってからでいいですか?」
翠は軽くうなずいて、ティムの手から三つの魔石を受け取った。
男たちの服は一見すると質素だったが、使い込んだ革の胸当てと籠手や刃の大きな剣をみれば一目で戦いに身を置く者だと知れる。
ティムは剣ではなく短い杖を持っていて、自分は魔法使いなんだと言った。
魔法とは、翠の使う術のようなものらしい。あるいは祐樹と自分がまきこまれた陣も、その魔法によるものなのだろうか。
翠が物珍し気に二人を見るように、二人もまた翠の服を興味深そうに見ている。その視線はまあ、翠にとって珍しいものではない。互いにじろじろと観察し終わると、翠は三つある魔石のうち二つを、グレンとティムに返した。
これをわざわざ拾って翠に差し出してきたということは、魔石には何らかの価値があるのだろう。
「な……俺たちに分けてくれるのか? この大きさの光属性の魔石だ。ひとつだけでも当分食っていけるんだぞ」
「うむ。元々そなたらの獲物であったしな。その代わりに私の頼みを聞いてはくれぬか?」
ここが何処で、魔石とは何なのか。魔法とは、大気に満ちる濃い妖力は何なのか。
そして祐樹はどこへ居るのか。
それを教えてほしい。
「迷子ですか。まあこんなに強いなら問題はないでしょうけど」
「稚児のように言うでない」
「ははは。子供というにはよく育ってるけどな」
翠の身長は165センチほどで、背が低い方ではなかった。その基準はここでも変わらぬようだ。
笑い声で少しほぐれた雰囲気になり、改めてグレンとティムは翠に頭を下げた。
「改めて礼を言いたい。ありがとう、スイ」
「うむ」
「話を聞くと、どうやらスイはこの世界とは別の所から来たんじゃないかと思います。これまでにも異世界人が召喚されたという噂は聞いたことがありますから」
「異世界か。なるほどのう」
「俺たちは依頼でこの山を調べに来たんだ。魔素……スイが妖気と呼ぶやつのことだな。それが基準よりも濃くなると、国から依頼が出る。強い魔物が現れる前触れだからな。早めに倒しておくのさ」
「けれどホーンベアが三体ですからね。割に合わない依頼でした」
「ホーンベアはこの国に現れる魔物の中でも上位種だ。普通だったら冒険者が数人がかりでようやく一体と渡り合えるくらいなのさ」
「ほう」
「俺たちなら二人で一体だったらやれるんだがな。こう見えても俺たちゃ一級の冒険者だぜ! さっきはまあ、情けねえところを見られちまったが」
「助かったのだから良いではないか」
「スイは強いですね」
「ふふふ。妖気……魔素が濃いゆえ、調子も上がるようじゃ」
グレンとティムは山の様子を確かめるという依頼の途中だった。想定と違って思いがけず強い魔物に出会い、消耗していたようだ。
話しながら手に持った水薬のようなものを飲み干すと、二人ともかなり回復したように見える。
とはいえ、このまま調査を続けるのは困難だろう。一度町に帰って冒険者ギルドに報告するので、良かったらスイも一緒に行かないか?
親切心でそう言ってくれているらしい二人に、遠慮なく翠は付いて行くつもりだった。言われる前から。
そもそもこの世界に頼りになる知り合いもいなければ、国やギルドというものがどういう仕組みなのかもわからない。お気楽にこれまで通り山で生活していては祐樹を見つけることは困難だろう。
だったらこの二人に付いていけばいい。
ついでに分からないことをいろいろと教えてもらえれば幸いだ。
翠は鷹揚にうなずいた。
何気ない体を装ってはいたが、身のうちに潜む鬼の血が騒ぐ。
妖気が濃く満ちたこの世界の大気の中では、先ほどのようにさぞかし強い禍が生まれるのだろう。祐樹を探す片手間に、それらを打ち払うのもまた楽しそうだ。
物騒な心のうちとは裏腹に、ふんわりと優しい笑顔が翠の面に浮かんだ。
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