第一章 異世界

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第6話 孤児院で保護されました(祐樹)  子供はクリフという名で、小柄だが十二歳だった。この国では十歳になると冒険者ギルドに登録できる。ギルドとは組合のようなものだという。登録さえしておけば、草原で採取した薬草をギルドが買い取ってくれる。 「冒険者ギルドで発行される身分証があれば、街門を通って外に出ることができるんだ。危ないから俺たちが行けるのはまだ草原までだけどな。ところで兄ちゃんは何か身分証のようなもの、持ってるのか?」 「身分証……なあ」  財布の中には学生証が入っているけど、これでいい訳がないよなあ。  そうは思ったが、一応クリフに見せてみた。ICカードタイプで、表には学籍番号と名前、それに顔写真もある。 「なにこれ……まあ、いいか。字は読めないけどギルド証に似てるから大丈夫だろ。じゃあ門を通るときには俺が喋るから、兄ちゃんは黙っとけよな」  クリフの後をついて壁まで行くと、大きな門があって道は中へと続いていた。 「あの大きい門は馬とか馬車の為だからな。俺たちはその横の通用門を通るんだ」 「へえ」 「喋るなよ!」 「……」  やれやれ、クリフはとんだ暴君だ。  密かにそう思いながらも素直についていく祐樹。  門の所には門番が二人立っていたが、クリフは顔見知りらしく軽く手をあげて挨拶している。 「どうした、クリフ。早いじゃないか」 「後ろの男は誰だ?」 「草原で道案内に雇われたんっす。これ、外国の身分証なんですけど……」  門番は俺の学生証をいろんな角度から眺めていたが、読めない文字と顔写真でクリフの言葉を一応信じたらしい。 「これが身分証だとしても、俺たちには分らないからな。クリフが保証人ってことになる。町でこの男が問題を起こすと、エイダがクリフの親として責任を取らされるが良いのか?」 「それでいいっす」 「問題さえ起こさなきゃ、この町は旅人を歓迎するさ。でも早々に身分証は発行してもらえよ。これで通すのは今回限りだ」 「うっす」  そんなことで良いのかと思わなくもないが、これでやっていけてるんだろう。  門を通り抜けると、想像したよりもずいぶん明るくて賑やかな街が広がっていた。  大きな通り沿いには石造りのアパートが並び、窓には花が飾られている。 「クルックの北門は森に近いから、冒険者用の宿が多いんだ。南門から出て海の方に向かうと首都のローウェルがある。だから町の南側の宿は高いし、俺たちとは縁のないでかい家が多い」 「クルックってのは?」 「この町の名前だよ。ユウキは本当に何も知らないんだな。こっちに来な。俺の家はその路地の向こうだ。北門に近くて便利なんだぞ」  クリフは意外と大きな屋敷の中に入っていった。祐樹も慌てて後を追う。  敷地の中には広い庭があって、屋敷も古いが立派なつくりだ。けれど庭は畑にしているらしい。あっちこっち耕されてトマトやナスのようなものが生っていた。  畑仕事をしていた人が立ち上がって、こっちを見た。 「まあ、クリフ。こんな時間に帰ってきて何か……そちらの方は?」 「エイダねえちゃん! この人ユウキって名前なんだけど、大人なのに迷子なんだよ。危なっかしいから保護してきた」 「まっ、クリフったら失礼なことを言っちゃあだめでしょ。申し訳ありません、ユウキ様。どうぞこちらへ」  クリフの姉というには、エイダは少し年が上すぎるように思う。三十代後半か、もしかしたら四十歳以上かもしれない。どちらかというと母親といった方がしっくりくる。  だが屋敷に入ってみて分った。小さな子供たちが十人近く、わらわらと湧いて出てきたんだ。しかもみんな顔つきも髪や目の色もバラバラだった。  エイダは子供たちをなだめて別の部屋へ追いやると、応接室っぽい部屋に祐樹を案内した。  クリフも一緒に付いてくる。 「子供たちはお客様が来ると喜びますの。ここには滅多に来客などありませんから」 「ここは保育園のようなものですか?」 「保育園というか、孤児院ですわ。親を亡くして困っている子供たちが集められていますの。私もかつてはここで育ちました」 「そう……ですか」 「賑やかで落ち着かないと思いますが、どうぞお寛ぎください。酷くお疲れのようですから」  エイダにそう言われて、初めて祐樹は自分の身体に意識を向ける。  ぐうう……。  お腹が鳴ってしまい、顔を赤くした。 「すみません……」 「いえいえ。大したおもてなしはできませんが、何か食べるものをお持ちしましょう」  エイダが出してくれたのはいろいろな野菜を煮込んだスープだった。塩だけで味をつけた素朴なものだが、温かくてとてもおいしいと思った。
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