第一章 異世界

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第7話 冒険者登録(祐樹)  エイダはこの孤児院で、管理人の仕事をしている。もともとここで育ったのでお姉ちゃんと呼ばれ続けたのが定着してしまい、母親ほどの歳になっても子どもたちには姉のように慕われている。  スープを食べながら、祐樹はエイダとクリフに事情を相談した。  これまでのことと、これからのこと。つまり魔法陣みたいなものに引き込まれたことと、一緒に巻き込まれた友達を探そうと思っていることを。  二人が良い人そうだと思うのはただの勘だけど、祐樹には勘の他に頼るものもない。  正直に異なる世界から来たと思うって言うと、エイダは祐樹の話に驚きながらも、納得したようだった。 「『むかしむかし、ある国に異世界から勇者が召喚されました』そんな物語があります。子供の頃に誰もが親から聞く昔話ですわ」 「教えて、その話をっ」 「それは本当か嘘か分からない、ただの昔話のことなのです。そしてその昔話の舞台になった国も今はもうありません。けれど、ユウキ様を見ていると、それも本当にあった事なのかもしれませんね」 「(さま)ってつけるのはちょっと……。俺、そんな柄じゃないし。それよりもその昔話を、もう少し詳しくお願いします」 「ふふ。ではユウキさんとお呼びしましょう。昔話については……」  そんな話をしていると、クリフが部屋の外に出てすぐに戻ってきた。手には薄い本を持っている。 「これが勇者と魔王の本だぞ。俺が書き写したんだ。ユウキに貸してやる」 「子供たちは文字を覚えるために、好きな本を写すのです。そう言えばクリフは『勇者と魔王』が大好きだったわね」 「……ちっちゃい頃の話だぞ。今はもう、一人前だからな」  見せてもらった本は、全然読めなかった。文字が分からない。  喋っている言葉は分かるのに……。  そう言うと、エイダは指を折りながら「しないといけないことがたくさんですね」と言ってにっこり笑った。 「お友達を探すためには、まずはユウキさんの生活を整えなければ。文字の読み書きもですし、住む場所や仕事も大事です。それから身分証も必要ですね」  改めてそう言われたら、家も仕事も金もない祐樹に人探しなんて厳しい。  翠もこの世界のどこかで、困っているんだろうか。早く探しに行きたいけど、当てはないし時間がかかりそうだ。だったらその前にまず、自分の食べるものと寝る場所は確保しないといけない。 「ユウキ様はしばらくの間クルックに住むことになると思いますが、この町で暮らすには身分証が必要になります。もちろん他の町でも同じように、身分証は必要です」 「門番の人にもそう言われました。でも身分証とか……どこで手に入れられるんでしょうか」 「ギルドに所属すればいいんですけれど。そうですね。やはり一番簡単なのは冒険者ギルドでしょうか」  何かしらのギルドに登録すると、ギルド証が手に入る。ギルドを通じて納税するので、これが身分証になるのだ。  様々なギルドがあるが、特別な技術がないのであれば冒険者ギルドが手っ取り早いという。いくつかの質問に答えて補償金を預ければ冒険者登録ができる。納税も依頼料や売り上げに対して天引きされるだけで、年間の定額税は免除される。その代わりに断りにくい指名依頼があったりはするのだが。 「そういえば冒険者ギルドに登録に行くと、魔法の適性も見てもらえます。どんな魔法を練習したらいいのか分かりますよ。普通だったら子供の頃に簡単に調べるだけなんです。でも冒険者は危険な職業なので、良い魔道具を使って詳しく調べてもらえます。いざというときに魔法で命拾いすることもありますからね」 「俺にもちゃんと強い魔法が使えると良いんだけど」 「ふふ。きっと大丈夫ですよ」  泊まる場所については、エイダによると数日であればこの孤児院に寝泊まりしてもよい。ただここは寄付によって成り立っていて、十五歳になると自立する決まりだ。だからもう大人である祐樹が長期間泊ることはできない。また泊まる間の食費はできれば入れて欲しいらしい。  だったら荷物の中から何かを……と思ったんだけど。 「クリフが貰ったこの本ですが、あまりにも綺麗で高価すぎます。売るのも人に見せるのも気をつけたほうがいいかもしれません」  クリフにあげた本は、こんなささやかな情報に対する謝礼としては多すぎる。そもそもあれはクリフの冗談であり、情報料はいらない。  そう言って、有機化学のテキストは祐樹の手に返された。 「大丈夫ですよ。分からないことはここで子供たちと一緒に学びましょう。食費は少額ですし、ユウキさんの生活が安定するまでいくらでも待ちますから。それに……、なんとなくユウキさんはお仕事には困らないような気がします」  祐樹を安心させるように、エイダはまっすぐに目を見て言い切った。  だから今はその言葉を信じてみよう。  焦らずに、でもなるべく早く生活力を身につけるんだ。それから翠を探す。  祐樹はポケットの中の根付をぎゅっと握りしめて、心の中で誓った。
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