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第8話 魔物
翠は二人の冒険者と一緒に森の中に居た。
「さて、これからどうするのじゃ?」
「いったん町に戻るつもりです。スイも一緒に行きましょうね」
「それは良いが、ちと腹が空いたのう」
翠の言葉に男たちも頷く。
ティムが背負い袋を下ろして、中から箱を一つ取り出した。
「ちょうど昼飯時です。魔物も大物を倒したので、ここはしばらくは安全でしょう。念のために魔物除けの魔道具も出しておきますね」
「おうよ。スイは食い物なんか持って居なさそうだし、引き返すなら食料も余るだろ。分けてやるよ」
グレンも荷物を置くと、大きな木の根を腰掛け代わりにして座った。
さて異世界の携帯食とはどんな食べ物かと、翠も興味を持って覗き込んだ。
「うむ。すまんな」
同じようにその場に座ろうとした翠だったが、ふと顔をあげて遠くの木々の間を透かし見る。
「いや、少し待つがいい。そこにウサギがおるでな。ちょっと獲ってこよう」
「ウサギって……えっ」
グレンとティムが反応するよりも早く、翠は棍を持って風のように身軽に駆けて姿を消す。
「スイはいったいどこへ?」
「ウサギって……紫兎か! あれは毒針を飛ばしてくるんだぞ」
「追いかけましょう、グレン」
慌てて武器を手に取って立ち上がり、二人は翠の消えた方向に向かって歩き始める。けれど何歩も進まないうちに立ち止まることになった。
向こうから紫兎を手に持った翠が歩いてくるのが見えたからだ。
「捕まえたが、マズそうな色じゃ。これは食えるかの?」
「おまえ、大丈夫なのか?」
「ん?」
「そいつの飛ばしてくる針が刺さったりはしてねえだろうな?」
「針は食えそうにないので捨ててきたぞ。体に当たってはおらぬな」
「良かった。ところで、紫兎は食えませんよ。肉にも毒がありますので」
「なんと……。それは残念じゃ」
食えないと聞くと翠はつまらなそうな顔をして、紫兎をその辺に放り投げた。ぐったりしていたが死んではいなかったらしい。紫兎は地面に落ちるとすぐに起き上がって、振り返りもせずに藪の中に逃げ込んだ。
「紫兎を生け捕りって……」
「うむ。口から何かを飛ばしてきたので、この棍でコツンとな、叩いてみたのじゃ」
「紫兎は魔物ではありませんが、この山の固有種で素早いし気が荒いんです。普通のウサギと違ってそんなに簡単に捕まえられるようなモノじゃないはずなんですが」
「まあまあ、ティム。スイは規格外みたいだから。それよりさあ、さっさと食うぞ」
「では遠慮なく私も頂こう。グレン、ティム、ありがとう」
携帯食は小麦粉と木の実を固めて焼いたものだ。ぼそぼそとしていたがほんのり甘くて、翠にはとても美味しく思えた。
「飲み物は水しかありませんが、これを使ってください」
そう言ってティムが渡してくれたのは木でできた椀だ。けれど中に水は入っていない。
「ああ、使い方が分からないのか。これは飲み水用の魔道具だ。カップの底に水の魔石が仕込んであるから、そっと魔素を流し込むといい」
「魔素とは、妖気のことか。分かった」
「そっとですよ。魔道具を起動するだけですからね」
「うむ」
椀の内側を覗くと、底の方に小さな青い石が埋め込まれて、その周りには銀色の繊細な模様が描かれている。
翠は妖気を棍に流し込む要領で、力を込めた。
「そっとだな、そっと……。えいっ」
パキッ。
翠の手の中で、小さな音がした。
「あ……」
椀が真っ二つに割れている。
ティムが口を開けたまま固まった。
翠はちょっと困ったように首をかしげてみた。
「うむ。割れてしもうた」
「そっとって言ったのに。なんですか今、最後に『えいっ』って言いましたよね!」
「細かい妖気の扱いは苦手なのじゃ。すまぬ」
しょんぼりとうなだれる翠を見て、怒っていたティムも拳を下ろすしかなかった。
グレンが笑いながら、自分の背負い袋から同じような椀を出す。
「仕方ねえな。俺ので一緒に飲もう。街に帰ってホーンベアの魔石を売っぱらったら、新しいカップを買おうぜ」
「ああ……それもそうですね。この魔石があれば防具も装備も買い換えられます」
そして今度は、グレンが自分で椀に魔素を流して起動した。
「ほら、飲めよ。スイ」
「うむ」
「スイは町に着くまでに、魔素の流し方を練習しましょうね」
「そうじゃの。どうやったらいいのか教えてほしい」
「お前……。こうしてしおらしく座ってると、素直で可愛い普通の女の子に見えるんだけどな……」
実際はホーンベアを瞬殺するわ、魔道具は割るわ……。
ティムが肩をすくめてブツブツ言っているが、もう済んだことだ。翠は気にしない。
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