第一章 異世界

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第9話 自由人  歩きながらティムがいろいろと教えてくれた。ここは霊峰グウィンと呼ばれる険しい山だ。魔素が濃いために時折神に近い存在の聖獣が生まれるという言い伝えもある。さらには強い魔物が多く生まれるので、中腹よりも上に人が登ることは少なない。  そのような訳で、山は三つの国に囲まれているが、大半はどの国にも属していない。今いる場所は麓に近いため、かろうじてグレンやティムの住むファーナムという国の一部とみなされている。  平地は山よりは魔素が薄いので、強い魔物たちは余程のことがなければ下りることはない。けれど数百年周期で魔素が濃くなる年があり、そんな時は山から強い魔物が降りて災害をもたらす。今がちょうどその時期らしい。前触れのように、じわじわと平地の魔素が濃くなっているという。  翠が妖気と呼んでいるものは魔素、()と呼んでいるものは魔物と呼ばれていた。翠の居た日本では、禍が実体を持つことは本当に(まれ)であった。  この世界では魔物は実体を持って人々を襲う。けれどもそれを倒した後には魔石と呼ばれる玉が残る。これは人が魔法を使うときに役に立つので、人もまた魔物を獲物として積極的に倒している。そうしてこの世界はバランスを取っているのだろう。 「魔物を見つけた場合は、倒していいのかの?」 「もちろんだ」 「では行ってくる」  ――シャラン。  鈴の音を残して翠が斜面の下に飛び降りた。 「スイ!」 「ダメです、グレン。こんな所から飛び降りたら怪我をするだけですよ。私たちは道を回っていきましょう」  グレンとティムの声は、斜面を猛スピードで降りていく翠にも届いていた。 「うむ。下で合流すればよいな。それにしても、ここでは体がよく動くのう」  ある程度落ちてから、魔物に出会う手前で灌木の枝に触れながらスピードを落とす。日本の山でもよくこうして禍を狩っていたが、今の方が力も素早さも、そして視覚や聴覚ですら(まさ)る。 「魔素が濃いとは、ほんに便利なことじゃ」  斜面を滑り降りた先の窪地には、五体の魔物がいる。翠が木に摑まって斜面の途中で止まると、魔物も気がついて上を向いて騒ぎ始めた。 「犬か」 「グルルッ……」 「これはまたずいぶんと大きい犬だのう」  魔物は犬に似ていたが、牛馬と変わらぬ大きさだ。  唸る口から漏れ出る吐息が白い。よく見れば、窪地の周りだけ季節が冬になったかのように、草木に霜が降りている。 「口から何かを吐くのは、この世界の定石かのう? 後でティムに聞くとするか」  そう言うや、翠は5mくらい下にある地面に、ひょいっと飛び降りた。魔物たちは待ち構えていて、すぐに飛び掛かろうとする。  ――シャラン。  鈴の音を響かせて、翠が無造作に棍を振るう。軌跡が二体の魔物を通り過ぎ、あっという間に魔石に変えた。ただの木の棒のように見える棍だが、今は青白い炎を刃のように纏わせて揺らめいている。 「異世界の術は、便利じゃ」 「ガルルッ!」  残った三体の魔物はその場で踏みとどまり、飛び掛かろうとするのをやめた。すぐさま口を大きく開き、一斉に吠えた。 「ゥオーン」 「オーン」 「オーン」  キーンと魔物の周りの空気が鳴る。  遠吠えとともに口から冷気が吐き出され、空気中の水分を瞬時に凍らせながら翠へと襲い掛かった。  翠は最初、魔物の攻撃をそのまま受けてもかまわないと思っていた。だがふと足元のスニーカーを見て考える。このまま攻撃を受けて万が一にも破れてしまっては業腹だ。  まずは攻撃を見ようではないか。そう思って木の上に飛び上がって避けた。  魔物の吐息は翠の立っている木の根元近くに直撃する。すると細い木ではあったが、凍った後でまるでガラス細工のようにパリンと割れて倒れてしまう。 「ほう。なるほど」  倒れる木から飛び降りた翠は、ひとつ頷くと棍を構えた。魔物もまた口を開ける。 「ゥオーン」 「オーン」 「オーン」  さっきと同じようにキーンと空気が鳴り、冷気が噴射された。翠は今度は逃げずに、棍を構えて一歩前へと出る。  ――シャラン。  棍の纏っていた青い炎が、翠の込める魔素で扇のように広がり、冷気を受け止める。のみならず、その冷気をも巻き込んで、翠は棍を大きく振った。 「ギャンッ」  棍によって冷気は、炎の渦へと変わり魔物を包みこむ。  悲鳴を上げた魔物は、炎が消えると同時に魔石になって地面に落ちた。
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