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昭和60年5月29日
購買の仕事は好きだ。言われた物を出して、お金を受け取る。それだけだけれど、思ったより楽しい。
今日は少し暇だ。
いくらか話すようになった相方は、やはりやる気がなく、購買の片隅で適当に暇を潰している。
私は窓の前で立ち、一応来るかもしれない客を待つ。
手持ち無沙汰で、手元に置いてある小銭が入っている菓子箱を何となく動かしてみた。
その下に置いてある紙。
「…?」
何かシャープペンシルで落書きがしてある。
菓子箱をどけ、それを見てみる。
えっ、日向くん? 三杉くん?
大好きな、キャプテン翼の登場人物だ。その名前が見えたので、じっくりと見る。
彼らに対しての、きゃっきゃとしたミーハーな筆談がそこで繰り広げられている。
私と晃貴くんの唯一の思い出は、美由紀さんの持つキャプテン翼のコミックスを、彼を通して借りたことだ。
彼がサッカーをやっていたから興味を持って、話しかける口実としてそれを借り受けた。時折、サッカー少年団でキーパーを務めていた彼の姿を、犬の散歩がてら見にも行っていた。
借りたキャプテン翼はとても面白くて、私も夢中になった。
だから、頭に浮かんだのは美由紀さんの姿だ。
まさか、これを美由紀さんが?
筆談をよく読むと、「みゆ」と言う名前が出て来る。筆談相手は「あや」。
美由紀さんの友達は、確か綾子、という名前ではなかっただろうか。
間違いない。これは彼女達のラクガキだ。
辿っていた指が震える。彼女の痕跡。
売れた物を記録する為に置いてあるシャープペンシルを手に取る。
「私も日向くんが好きです」
ドキドキしながら、その末尾に書き加えた。
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