15歳の母

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<7>  翌日から、機材の搬入やスタッフの顔合わせなどが始まった。  柊子の民宿にも、早朝からロケバスや機材を積んだトラックが数十台、列を作って山道を延々昇って来た。  今日は民宿にも早朝より、電気工事の業者と家電量販店の配達員がやって来ていた。  どうやら、電子レンジと冷蔵庫、洗濯機を各二台ほど買い増した様だ。  それに従い、民宿の配電盤の電圧を上げる工事が行われていた。  ロケ地から近い柊子の民宿は、早朝から動かねばならないスタッフの常宿に。  演者や監督などは、セキュリティ問題やインタビューなどの兼ね合いもあり、少し離れた舘山寺温泉に宿がとられた。  柊子の民宿は六部屋しかなく、本来一部屋二人、定員十人(常に予備で一部屋用意している為)なのだが、それではスタッフが泊まりきらない。  重ねて残念な事に、近隣に柊子の宿以外に寝泊まりする場所は無い。  昨今の若者離れで何処も後継者不足なうえに、手軽に海外に行ける様になった今、こんなど田舎の風景を楽しみにやって来る観光客などほぼ居ない。  結果、客も碌に来ない宿は経営者の高齢化と共に次々廃業してしまい、今は柊子の民宿一軒しか、近隣に宿といえる物は無くなっていた。  結果、「すし詰めでいいから30人程世話になりたい」とのオファーを、断りきれなかった。  (柊子にすれば、その映画に蓮が出演する為、応援の意味合いもかねてこの無理めなオファーを受けた所も有ったのだ)  ただ、小さな田舎の民宿、柊子一人で切り盛りしている本当に小さな宿だ。  三十人の客など、泊める事は出来てもとりあえず料理などが追いつかない。  だから柊子は契約の際、「素泊まりでいいのなら」と彼女も一応の条件を出していた。  結果、細かい事はスタッフ側にやってもらう事になり、彼女はそれぞれ必要になる家電を買い増していたのだった。    そしてここでもう一つ。  (悲しい知らせだが)舞台は奥浜高校ではない。  「・・・二か月は最低、撮影に必要だからって、さぁ~~」  「ここ使わないとか、マジ無いわ~・・・」  「使えばいいのに~!ってか、校長が「YOU、使っちゃいなよ」とか言えば、監督二つ返事でOK出したんじゃないのォ~~?!」  「馬鹿野郎、校長はジ○ニー喜多川か!」  「何で此処じゃねえの・・・詐欺だぁ~~~~!!!」  「嘘、マジで?!」  「アンタ情報ゲットすんの遅すぎ。撮影には山奥の廃校使うんだってさ・・・」  「・・マジかぁ~・・・・」  「ショックすぎる」  芸能通の女子と男子達の朝の話題は、専らその話ばかりだった。  但し、昨日までとの温度差が半端ない。  皆一様に、顔の表情筋が死んでいた。  因みに、男子も当然然りである。  「もうすぐ夏休みだからぁ~、此処でやりゃいいじゃねえかよぉ~」  「あ~、俺のスミレたん・・・」  「お前のじゃねえし。てか、ウチらだってライトに会えなくてマジ死にそう・・・・」  そんな中、蓮が登校し、校門をくぐった瞬間。  「うお~、スターの登場だぜ~~!!」  蓮を見つけた生徒の一人が放った一言が、校内中のパニックを呼んだ。  今回の映画の準主役、蓮をカメラに収めようと、素早くポケットから取り出されたスマホの撮影音とフラッシュが蓮を幾重にも取り囲んだ。  「今回蓮、敵役だって?」  「うお、さすが元天才子役・・てか引退したんじゃねえの」  「ばぁ~か、蓮は子育て専念中で、芸能活動休養してるだけだろ」  「て事は、復帰第一本目の映画がこれかよ」  「マジか・・・しかも朱雀の映画だぜ?」  「結城スミレの幼馴染役だって」  「すげえな~!流石だなお前」  蓮の周囲には、凄まじい勢いで人垣が膨らんでゆく。  「映画出演おめでとう!」  「やっぱお前って芸能人なのな!すげえな!!」  「あ~ん、今度芸能人紹介して~~」  「サイン欲しーい!」  「ねえ、私、少しだけでも映れないかなぁ?だめ?」  当の蓮は、急に周囲が自分を芸能人扱いしだして困惑していた。  「あ、ああ~、有難う。ちょ・・・ゴメン、通れない・・・」  「ふぇ・・うえええ!」  蓮の腕の中の向日葵が、あまりの騒がしさにぐずり出した。  「向日葵・・あの、ゴメン。通して・・・・」  「いいじゃん、話聞かせてよぉ~」  「小桜咲知って、どんな子?共演とか、今迄である?」  「蓮君昔、ARRIVALと仕事一緒にしてたよね?ねえ、来人って、どんな人?」  「そもそもさ、その赤ちゃんの父親誰な訳?」  「休養もさ、何か訳ありなんでしょ」  流石にその一言に、温厚な蓮もイラっとしたようだ。  (何も知らないくせに・・・・!)  向日葵を守る為に、周囲に強めの言葉を吐きかけた時、背後からの大きな声が周囲を一喝した。  「いい加減にしろよ!通れねえだろうが。お前らみんな邪魔なんだよ!!」  それは、野球部の朝練を終えたばかりの桐生だった。  しかし、桐生の高圧的なその物言いに蓮の周囲を囲んでいる生徒達が反発する。  「何よ、その言い方」  「みんな興味あんだよ!少し位話聞いて何が悪いってのよ」  「お前に関係無えだろ」  「つかむしろお前が邪魔」  桐生は大きく溜息を吐くと、大きな声で皆に問い掛けた。  「・・なら、朝っぱらからコイツ囲んで、腕の赤ん坊泣かせて、「父親は誰?」とか無神経なことガンガン聞いて捲し立てて、コイツの傷口に塩塗りたくるのは、お前らにとって”アリ”なのか?」  「・・・・・・・」  「・・・・・・」  「・・・・・・・・」  誰も答えない。  「んじゃ、行くか」  桐生が蓮に目配せした。  「・・ありがとう、蒼」  蓮は頷き、桐生に優しく微笑んだ。  その場二人がを立ち去ろうとしたその時。  「蓮、蓮君か?」  聞きなれた声で、背後から名を呼ばれた。  蓮がその声に振り返ると、藍川と来人を従えた、小太りに髭面の中年男性が其処に立っていた。  蓮はその人物に見覚えがあった。  「・・葛城さん!」  「やっぱり蓮君だぁ~!久し振りだね、元気にしてたかい?」  葛城というその男は、素早く駆け寄って来て蓮に思い切り抱きつき、何度も蓮の背と尻の辺りをねちっこく何度も撫で回した。  (なんだ、このセクハラ親父は)  来人と桐生の眉間に、微妙に皴が寄る。  「あう~~~!」  執拗に抱きつき、蓮に油でテッカテカの頬を何度も摺り寄せる葛城の大きな顔を、向日葵がすかさず両腕でグイグイ押し返した。  しかし当の蓮自体は、一切嫌がりもしていない。  恐らくは、「そういうスキンシップの好きな人」位にしか感じていないのだろう。  「葛城さんがいらっしゃっているという事は・・じゃあ、今回メガホンを握られるのは・・・。ああでも、葛城さんは時代劇とか、堅い作品しか撮られないと仰ってませんでしたか?」  「ああ、そうなんだけどさ~。君を起用する条件で、今回初めて青春映画の撮影にチャレンジしてみる事にしたんだ~」  監督がさも名残惜しそうに、一旦蓮からゆっくりと離れた。  余りに向日葵に顔をべちべちと押し返され、その時止む無くだったのだが。  来人は藍川の背後で向日葵に、軽くウインクをし、微笑んだ。  (グッジョブ!)  受けた向日葵も、「あぶぅ!」と万歳して返した。  なかなかいいコンビネーションである。  「もう一度、君とお仕事がしたくてねえ。来年の大河の準備そっちのけで仕事、受けてしまったんだよ~」  蓮は、葛城の言葉に感慨深げだ。  「そうでしたか・・・。有難うございます、監督とまた仕事ができるなんて光栄です」  蓮が花のような、零れんばかりの笑みを葛城に向けた。  その笑顔は、感謝と感激に満ち溢れていて、邪な感情の全く無い物だったのだが。  「いいねぇ、ほんとに君の笑顔は・・・」  葛城の方はそうではないようだ。  目尻と鼻の下は既に、完全に緩み切っている。  それも、誰が見ても解ってしまう程に。  (何イヤらしい妄想働かせてんだよ、このくそジジイ!)  来人と桐生の眉間の皴が、更に深くなった。  「ははは・・・。それにしても君は相変わらず、僕をおだてるのが上手いなぁ。そんな所も大好きなんだけれどね~。君のキレッキレの演技、僕は本当に楽しみにしてるからね。頼んだよ?」  葛城がそう話しつつ、蓮の肩から腰のあたりを撫でる様に、舐め回す様に執拗に何度も触りまくった。  だが、相変わらず蓮はそのセクハラまがいの行為に気付いていない様だ。  葛城へ向ける視線は、相変わらず花の様にほころんでいる。  ・・・そんな事も、蒼と来人の眉間の皴を更に深くさせた。  「はい、ご期待に応えられるように頑張ります。・・ところで、此処へは何をしに来られたんですか?ロケ地はもう少し山奥だと聞いてましたが・・」  「ああ、今度の映画のロケ、この学校と生徒の諸君にも少し手伝って貰いたくてね。そのお願いにこうやって、藍川さんと主演の来人君を連れて挨拶に来たんだ」  「そうでしたか」  「まさか、こんな所で君に再会するとは思ってもみなかったけどね。ハハハ」  葛城の横から、藍川が蓮に声を掛けた。  「昨日ぶりね、ちゃんと寝れたかしら?」  「アハハ・・・もう子供じゃありませんから。・・でも、そう云う所もやはりお優しいんですね、藍川社長」  「まあ・・この子ったら。本当、葛城監督では無いけれど、おだてるのが上手ね」  「やだな、本心ですよ。あざとい人みたいに言わないで下さい」  蓮が藍川にも、花の様な笑みを向けた。  「本当・・・可愛くて、憎めないわね貴方」  「有難うございます、・・誉め言葉と受け取っていいんですよね?」  その一言に、藍川が苦笑いする。  「ええ。・・・・本当、この子は・・」  葛城がからから笑う。  「蓮君は本当に面白い子だ、その調子で僕達を撮影中も笑わせてくれよ」  そう言いながら、最後に蓮の尻と尻の谷間をさり気なく撫でて去って行った。  来人の身体が、震えていた。  桐生の口から、まあまあ大きめの「チッ!」という舌打ちの音が聞こえた。  表情は・・最早見るまでも無い。  藍川は小声で来人に、  「・・・仕事よ、来人。彼も我慢したのだから、貴方も我慢なさい」  そう告げ、笑顔で蓮に軽く手を振り、葛城に付いて立ち去って行った。  来人は、蓮にちらりと視線をやり、軽く微笑んだ。  ・・まだ眉間に若干の皴が残っていたが。  すれ違う瞬間、来人と桐生の視線が交錯した。  来人は桐生をちらと見つめ、軽く「フン」と呟くと、ニヤリと笑い、立ち去った。  「あの野郎・・お前に色目使った挙句、俺に喧嘩を売ってきやがった」  桐生がそう呟きながら視線を下に戻したが、蓮は無反応である。  「・・・蓮?」  桐生が蓮を覗き込むと、蓮は見た事が無い位顔を真っ赤にしてボーっと立ち竦んでいた。  「・・おい、蓮?」  蓮は顔を思い切り桐生に覗き込まれ、初めて自分が呆けていた事に気付いたようだった。  「・・あ、ああゴメン」  真っ赤な顔を見られない様に、蓮は軽く俯いてしまった。  (・・・なんなんだよ・・・)  桐生の焦燥を他所に、来人のファンアピールで学校中が騒然とし出していた。  「みんな、お早う。うるさくしてゴメン!」  校舎の窓に張り付いた女子生徒達から、地響きのような嬌声が響く。  「きゃあああ~~!」  「カッコイイ!」  「来人が今こっち向いた~~~!!」  「今、私と目が合った!マジで!!」  「いやあぁぁ!こっち向いて来人~!!!」  「本物超カッコいい!!」  「足長っ、顔小っさ!!イケメンすぎ!!!」  彼女等を黙らせる為に、来人は何度かウインクした。  「きゃあああああ~~~~!!!!!」  女子生徒達がまた絶叫する。  その後素早く視線を戻すと周囲に手を振り、もう一度ファンにアピールした。  「いつも応援ありがとう、愛してる!」  瞬間、校舎中から割れんばかりの悲鳴と嬌声が上がった。  来人はもう一度軽くウインクすると、藍川に続いて来客用玄関から校内へ消えて行った。  「・・じゃ僕達も、行こうか」  「うん」  しかし、蓮が桐生に振り返って呟いた瞬間、一旦は蓮を遠巻きに見つめていた生徒が、思い切り近寄ってきてまた人垣を作ってしまった。  「すげえ、蓮の芸能人オーラ、パねえ!」  「何か急に遠い人になっちゃったみたい!」  「あれ、「コブラーマン」とか「Birds」とかやってた監督でしょ?」  「あ!私「遠い世界の中で」とか、映画館で見た!」  「それにあのきれいな女の人・・藍川百瀬でしょう!あの元「ミス・ワールド クイーン」の!」  「あの人今は、[ARRIVAL]の所属事務所の社長なんでしょう?」  「うっそ、あの大手芸能プロダクション[ZEX]の?!」  蓮は、興奮しながら熱く語られる周囲の話に、若干呆れ顔だ。  「・・アハハ、みんな僕より情報通なんだね」  「嘘、知らないの?」  「逆に僕みたいな人間の方が、そういう事知らなかったりするんだよね・・・」  「へえ~、意外・・・」  「さあ、もういいだろ。蓮、向日葵が腹空かせてるぞ?」  「あ!ゴメン向日葵!ごめんね、僕もう行かなくちゃ」  蓮は、慌てて人垣をかき分けて校舎の中へ駆けこんでいってしまった。  桐生も、蓮を守る様に後を追いながら校内に入って行った。  その後も校内は暫く騒然としていて、なかなか騒ぎが収まる気配は無かった。    「おい、校長がお呼びだ、蓮」  漸く向日葵にミルクを飲ませ始めた蓮を、担任が呼びに来た。  「・・でも、ミルクが・・」  蓮が渋ると、担任の大桃は生徒に  「おい、蓮に媚を売る絶好のチャンスだ。誰か代わってミルクやれる奴、居ないか?」  無粋な感じでそう言った。  「・・・凛花姉さん、そりゃ無いでしょ・・」  「言い方が、エグい」  「手、挙げたかったのに~~~!!手ェ挙げたら、がっついてるみたいに見えんじゃんか!」  流石にその一言には生徒全員がドン引きし、先生にクレームを出した。  そんな中、桐生が手を挙げた。  「・・・行って来い、蓮。俺が見といてやるよ」  「おお、お前は友達甲斐のあるやつだな。きっと蓮の中で、お前のポイントは確実にアップした事だろう」  担任の大桃が、よくわからない褒め方で桐生を褒めた。  「・・・ハハハ、有難う・・」  当の蓮は・・苦笑いだ。  「先生、これ以上口を開くと、逆に先生のポイントがガタ落ちしますよ。・・お前はいいから、さっさと行け」  桐生は担任に釘を刺し、蓮をせっついた。  「ゴメン、お願い」  蓮は席を立つと、桐生に向日葵を預け、小走りで部屋を後にした。  「レンレン、私達も向日葵っち見てるから~」  「有難う、お願い!」  蓮の去った後、担任は教壇につき皆を席に座らせた。  先程までのヘラヘラとした表情とは打って変わり、真顔だ。  「・・皆に報告だ。蓮は映画の撮影の仕事で、暫く学校を休む事になった」  教室内がざわついた。  担任が続ける。  「蓮は校長からその決定を聞きに、校長室へ向かったんだ。・・いいか、アイツは確かに芸能人だが、この学校に居る内だけは只の高校生だ。これからお前らの周囲にも奴らの追っかけや芸能記者なんかがやって来る事が有るかもしれんが、絶対関わるなよ。曲がりなりにクラスメイトの個人情報を売る事が無い様に。そして、お前ら  自身も妙な話に乗ったり、おかしな事に巻き込まれる事が無い様にしてくれよ、頼む」  担任が、深々と頭を下げた。  余りに急な話の展開に、誰もが無言になってしまった。  「あう、あう~~ま、まンま」  向日葵が、哺乳瓶を叩いてお代わりを要求した。  「おいおい・・もう無いぞ、向日葵。後はお前のお袋に作ってもらえ」  桐生の一言に、周囲の女子生徒が噴き出した。  「プっ・・・、レンレン”お袋”だって」  「未だそんな齢じゃねえだろ」  「あ!私作り方知ってる」  「ほら蒼、レンレンの鞄とって!」  皆が蒼と向日葵を囲んで、ミルクを調乳し、作り始めた。  そんな生徒達に目を細め、担任は教科書を開いた。  「ほら、保健体育が終わったら次は現国だぞ。他の奴は教科書開いとけ」    15歳の母 了
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