15歳の母

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<2>  保健室には、今年から赴任したばかりの椿 親葉先生がいる。  親葉もアルファ、大学でアメフトをやっていたらしく筋肉質のがっしりした体躯をしている。  背もとても高く、190㎝以上は有るのではないだろうか。  親葉もイギリス系アメリカ人と日本人のハーフだ。  だから髪も瞳の色も茶色、顔は父親似なのだろうか、目鼻立ちははっきりしている。  ぱっちりとしたやや釣り目、高い鷲鼻、薄く大きな口。  一見、彼は”爽やか体育会系イケメン”外国人にしか見えない。  その為か、赴任した当時は男子からは敬遠され、女子からは羨望の眼差しで見つめられていた。  ・・・まあ、それもすぐに鎮火したが(ああやって日がな一日エロ本を見て時間を潰している、あんな男に夢も希望も見ようがないと女子も悟ったのだろう)。  養護教諭の彼は、先程大桃先生がちらりと言っていた様に、叔母の柊子さんの息子にあたる。  僕にとっては、彼は従兄なのだ。  ・・と云っても、14歳違うが。  保健室のドアを開けると、週刊誌の袋とじに手をかけていた親葉がこっちを見て飛び上がった。  袋とじの上部では、豊満な胸をこれでもかと露出させ、あられもない格好をしたAV嬢が、こちらを潤んだ瞳でじっと見つめていた。  (・・・あ、親葉の大好きなロリエロ美少女だ。名前は・・・忘れた)  「う、おおお~~っ!びっくりした、ノックぐらいしろよッ!」  「・・・さぼってる方が悪いでしょ、僕が女子生徒じゃなくて良かったね。・・あ、袋とじ開くんなら、カッター使った方がいいよ。前、肝心な所破いて絶叫する大人、何度も見掛けた事あるから」  呆れ顔で僕がそう切り返すと、腕に抱いていた向日葵が手を叩いて喜んだ。  「アハハ、アハハハ」  「・・笑うな!」  「赤ん坊に八つ当たりしないでよ。悪いけど、今日は向日葵頼みたいんだけど、いい?」  そう伝えると、親葉は僕の腕から向日葵を引っこ抜き、脇に下げていた鞄をひったくった。  鞄の中身は、ミルクセットとおむつセットだ。  (ミルクセット:空の哺乳瓶数本、キューブタイプのミルク、ガーゼハンカチ)  (おむつセット:紙おむつ、おむつ替えシート、使用済み紙おむつ用ビニール袋、おしりふき)  あとは、ウエットティッシュ、赤ちゃん用おやつ、離乳食の入った容器とスプーン、着替え一式。  向日葵はもうすぐ9か月になる。  だから、離乳食が始まっているのだ。  離乳食は、一応僕の手作りだ(離乳食のパウチは案外割高なのだ。おまけにこの辺では売ってない)。  僕は毎朝頑張って起きて、慣れないながらも必死で手作りしていた。  「何だよ、お袋今日は何か用事でも有ったのか?」  「いいや、インスタのお陰で今日も民宿は超満員なんだ。今は新緑とアジサイの見頃なんだってさ。フラワーパークのお客さんも流れて来てるから、結構民宿繁盛してんだよ?もうすぐ浜名湖の潮干狩りシーズンと、舘山寺の花火大会も始まるしさ。親葉もたまには手伝いに来てよ」  僕のお願いに、親葉は露骨に眉間に皴を寄せた。  「やなこった!お袋に伝えてくれ、俺は時給5000円だってな。こう見えて、俺は忙しいんだよ。・・・む、ウンチか」  「あぶぅ~~」  親葉は向日葵のおむつをくんくん嗅いで、素早くおむつを取り替える準備を始めた。  「悪いね、頼む」  「さっさと行け、任されてやる」  僕は向日葵を口の悪い従兄に預け、教室へ戻った。    この学校も、この町も、みんな余所者の僕に優しい。  それにはいくつかの要因がある。  僕がほんの一年前までは、オファーの途切れない”超”の付く売れっ子タレントだった事。  だから、僕を知らない人はほぼいない。  (一去年は国営放送の連ドラ、一年やったし。年末の歌番組にもゲストで出してもらったから、知名度は抜群)  そんな僕が実はオメガで、不慮の事故で出来た子供をお腹に宿したまま、この田舎へ縋るように越して来た。  「訳あり」だったにも拘らず、”子供が増え、若い移住者が街に来る”彼等はその二点を手放しで喜んでくれた。  それもその筈、この町も例に漏れず過疎に苦しむ小さな町なのだ。  或るおばあさんが、僕と産まれたばかりの僕の娘を見て涙を流した事があった。  「もうこの数年、この町で赤ちゃんの泣き声を聞く事が殆ど無かった。だから、とても嬉しいの」  そう涙ながらに語りながら、向日葵と僕を抱きしめてくれた。  正直、ちょっと嬉しかった。  子供の時から、業界で底意地の悪い大人ばかり見て来たから、こういう掛値の無い温かい感情に、僕はいつも飢えていたから。  そして何より、最大の理由がここが僕の母の故郷だという事。  僕が通う高校の校長先生は、叔母の部活動の顧問だった人で、二人の仲はすこぶるいい。  そのつながりで、今年から従兄の親葉が高校の養護教諭になった。  町の人も、大抵どの人もみんな叔母や母の知り合いだ。  そして・・・やはり、オメガの希少性。  オメガは、10人に一人も居るか居ないかの、希少性の高い個体なのだ。  何より、アルファはオメガからしか作り出せない。  この町はオメガの比率が特に低いらしく、学校でも僕を含めて2人しか居なかったはずだ。  そして当然、アルファの比率も低い。  そんな希少性の高いオメガの、若い青年がやって来たのだ。  身籠った赤ん坊も、当然大切な未来の担い手だ。  ただでさえ若い人間が出ていくばかりの田舎に、逆に定住してくれるなんてまず無い。  だから、僕が役場に住民票の手続きをしに行った時、みんなから拍手喝采で出迎えてもらった。  (流石にそれには驚いて、そのまま帰ろうとして引き留められた)  冒頭僕が触れた様に、此処は確かにド辺鄙で何もない田舎だ。  だが、此処の優しい、温かい人たちが僕は本当に大好きだ。  僕は今、生まれてこのかた感じた事が無い位、幸せを満喫していた。    「俺と・・つ、付き合ってくれませんか?」  僕が昼休みに、教室で向日葵にミルク後のゲップをさせていると、三年生が突然やって来て、僕にプロポーズして来た。  正直、もう何回目か覚えてすらないこのイベントに、正直辟易していた。  しかも・・・彼は男、だ。  重ねて、彼は三年の中でも特に頭が良くて、優秀な生徒で有名な人だった。  確か、名は真柴 周一。  生徒会役員でもあった筈だ。  「ごめんなさい、今はそういう事を考えられないんで」  淡々と謝罪し、頭を下げるが・・・いつも当然の様に、彼等はなかなか引き下がらない。  「・・・俺が男だから?」  「それも、あります」  「けどその赤ん坊の相手、男なんだろ?」  「・・・答えたくはありません」  「未だ好きなのか、その男の事」  「それも、答えたくはありません」  「・・・・・・・・」  「ごめんなさい、貴方とはお付き合いできません」  「・・・何でだよ、やる事やって、赤ん坊まで作ってんだろ?今更男は駄目とか、あり得ないだろうが!」  固いガードに痺れを切らせ、半ば切れ気味に乱暴な言葉を浴びせかけた上級生に、隣で寝ていた桐生が急に起き上がり、掴みかかった。  「うるっせえ!振られたからって、八つ当たりとか惨めったらしい事してんじゃねえよ!さっさと帰りやがれ!」  「そうだそうだ!」  しかしその上級生も腹を括って来ているらしく、ヤジに果敢に応戦する。  「なんだと、先輩に向かってその口の利き方は何だ!」  「なら、先輩らしい態度しろよ!」  「事情も知らねえくせに、勝手な事ほざくな!」  「かーえーれ!」  「かーえーれッ!」  皆が一斉に罵声を浴びせかける。  そこに、騒ぎを聞きつけた教師が教室に駆け込んで来た。  「どうした、何かあったのか?・・ん?真柴・・お前、三年生だろう。何でここに居るんだ?」  「・・・・いえ、別に何も」  そう問われ、返答に窮した上級生はすごすご退散していった。  僕は、みんなに頭を下げ、お礼を述べた。  「いつも有難う、本当にゴメン」  そんな僕を、みんなが笑う。  「何言ってんの、同じクラスの一員でしょ」  「レンレンには指一本触れさせないから、あと向日葵ちゃんにもね」  「レンレンも偶にはブチ切れてやればいいのに」  「・・・あはは・・。うん、考えとく・・」  とりあえずは笑ってごまかした。  ・・・でも、僕が彼等を拒み続ける理由は誰も知らない。  知っているのは僅かな大人だけ。  そして、隣の席の友人、桐生 蒼ただ一人だけ。    ・・・僕達オメガは、首筋を噛まれると、その相手と”番”になる。  自身がそれを望もうが、望むまいが、噛まれてしまえばその時点でその人物とは”番(つがい)”となってしまうのだ。  僕は・・・あの事故の時、あの中の一人に首筋を噛まれてしまった。  だからもう、その人と以外の性交は無理なのだ。  発情期でない時になら、やろうと思えばできない事は無いらしいが、それにはかなりの(人づてだから、詳しい話は知らないが)苦痛が伴うと聞いた。  ただでさえ僕の最初の経験自体が、”無理やり”だったのだ。  あの時以上の苦痛をまた感じなきゃいけないなんて、僕は絶対に嫌だった。  (体の奥から引き裂かれるような、激痛・・・。火の付いた棍棒を、何度も何度も突き込まれたみたいだった。・・・・あの時だって、痛みで何度失神しかけたか解らないってのに)  まして、強姦した彼らは全員アルファだった。  ヒート状態の彼等に散々何度も嬲られたうえ、根元の瘤で無理矢理こじ開けられ、更に固定された所に、体内に体液をたっぷりと人数分流し込まれた。  あれは「抱かれた」なんて生易しい物じゃなかった。  僕の記憶の中では、あれは「寄ってたかって、私刑(リンチ)を受けた」とでも云った方が、表現としては妥当だと思う。  あれは正に、”強姦”だった。  もしそれが苦痛でなかったのだとしても、誰かとそうはなりたくはない。  今は特に、そう思う。  二度とあんな思いをしたくない・・・そう思ってしまう程に、苦しく辛い経験だった。  つい先日もその夢でうなされ、夜中に飛び起きたばかりだった。  僕にとって、あの記憶はトラウマ以外の何物でもない。  ・・あんな辛く苦しい思いをするのなら、もう二度と誰かに心を許したりはしない。  だから、もう誰とも身体を重ねたりする事は無い。  そう固く心に誓ったのだ。    その日は、蒼と一緒に下校した。  以前、振られた中の一人が待ち伏せをしていて、草むらに無理やり連れ込まれた事があったのだ。  その時は、蒼がたまたま通り掛かって助け出してくれて、事なきを得た。  それ以来、蒼は野球部の無い時や早く部活が終わった時には必ず、僕と一緒に下校してくれた。  蒼は自転車通学の為、自転車を押しながらだ。  前カゴには、運動部員が必ず持参している、重くて大きいスポーツブランドのロゴの付いたバックが、ぎゅうぎゅうに押し込まれている。  「・・そういや、お前が押し倒されてたの、此処だったよな」  蒼がぶっきらぼうに、路肩の草むらを指さした。  「・・意地悪だな。僕だって好きで押し倒されたわけじゃないよ」  「ハハハ、そうだな」  僕はむくれながら、蒼を軽くひと睨みした。  向日葵は、僕の腕の中でくうくうと安らかな寝息を立てている。  「・・でも、今日は有難う。僕を庇ってくれて」  「・・そうだっけ?覚えが無い」  「・・僕がもう、「そういう事」出来ないって知ってるの、生徒の中では蒼だけだもんね」  「・・・ああ」  「蒼って、アルファだったっけ?」  「ああ」  「だよね、背も高くてカッコいいし。顔も目鼻立ちはっきりしててさ、月9とかに出てそうな感じでしょ。売れっ子の若手俳優さんみたいだよね。頭もいいしさ」  「・・・その若手俳優とやらを、バッサリ振りやがったのはどこのどいつだ」  「あはは・・・ごめん」  「・・それに、お前みたいに見た目の整った奴に褒められてもな。目はパッチリしてて大きくて、まつげ超長げえし。目なんかビー玉みてえだしさ。鼻とか口とかさ、マジで綺麗な形してるよなあ。顔も超小さいし。細くて肌、真っ白だし。その顔に、ふわふわの金茶の明るい髪なんて・・・マジ可愛すぎだろ。反則」  「・・自分じゃ、自分の顔は見えないからわかんないや」  褒められても、どう反応していいのか解らないから、とりあえず笑ってたら。  急に頭に手を回されて、口を塞がれた。  遠くで、天竜浜名湖線の電車の汽笛が聞こえた。  強姦されたあの時と違って、無理やり舌を絡め取られ、息も継げない程の激しいディープキスではなく、優しい、唇と唇が触れ合うようなキス。  しばらくの間を置いて、唇が離された。  蒼は顔を真っ赤にして、少しだけ伏し目がちで  「・・・スマン、つい」  そう僕に謝罪した。  「・・・びっくりした」  そう言い、僕がアハハと笑うと、蒼はしゃがみ込んでしまった。  「・・あーもう!お前、何なの?!」  「ごめん」  もう一度、からからと僕が笑うと、立ち上がった蒼の、唇がまた優しく重なった。  ・・・僕は、彼を嫌いじゃない。  重ねて、彼を”拒否”した後ろめたさが未だ、心の奥で尾を引いていた。  だから、拒めないし拒まない。  ゆっくりと・・名残を惜しむ様に離された蒼の唇から、  「ああクソ、・・・好きすぎる」  そう小さく、悔し紛れの一言が漏れ出た。  「・・・セックスは、出来なくてもいいから。だから、付き合うんなら、俺にしてくれ。・・・俺は何時まででも、待つから」  優しく抱きしめられた。  「・・・うん、ありがと」  向日葵が腕の中で、小さく泣いた。  「・・・帰らなきゃ」  「ああ」  「また明日」  「・・・じゃあな」  蒼は颯爽と自転車にまたがると、山の方に自転車を走らせて行った。  僕は微笑みながら、手を振って見送った。  
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