9.冷えた体を温めよう

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9.冷えた体を温めよう

 ――ちゅるちゅると、お揚げが乗ったきつねうどんを食べている狐乃音。  浜に戻った後のこと。狐乃音は再び子供服になって、人目につかないように物陰に隠れたのだった。  お兄さんと一緒にいたら、いろいろと勘ぐられて、まずいことになりかねないから。 (救急車と、お巡りさんが大勢来ているのです~)  お兄さんが状況を説明している中、四人の男達は担架に乗せられて、救急車で病院に搬送されていった。 (うきゅ……)  くきゅるるると、狐乃音のお腹が頻繁に鳴った。  海の上を全力で駆け回り、溺れた男を助けるために深いところまで潜って、そして式神という名の分身を三体も使い、ずっしりと重たい男達をおんぶして浜へと戻ってきたのだ。  狐乃音は、結構な離れ業をこなしてきたわけだけど。その代償で、お腹がとてもすいてしまったのだった。 (お腹がぺこぺこなのです)  でも、今は我慢をする時だ。早く落ち着かないかなあと、狐乃音は座り込みながら、そう思うのだった。  そうして、しばらくして……。 「狐乃音ちゃん。お待たせ」 「お兄さ……。お父さん」 「お疲れ様。すごく、疲れたでしょ?」  お兄さんも、狐乃音のために何とかして早く切り上げたかったようだ。 「あはは。少し。……お腹がすいちゃって。うきゅ……」  またも、きゅるるるとお腹が鳴ってしまった。とっても恥ずかしい。狐乃音は頬を赤らめた。 「ご飯、食べに行こうね」 「はい!」  そうしてお兄さんは狐乃音を抱っこして、車まで運んでくれた。  再び車を走らせること、十数分。二人は、街中で見つけた定食屋さんに入っていた。  幸いな事に、お昼時からだいぶ過ぎていたので、店は空いていた。  狐乃音は手渡されたメニューを見て、大好きなきつねうどんと、お稲荷さんにした。  それから数分後。お兄さんが注文したものよりも先に、うどんが来てしまった。狐乃音が申し訳なさそうにしていると、お兄さんが食べるように促した。 「どうぞ、召し上がれ」 「お先に、いただいちゃいます。いただきます~」  お兄さんの言葉に甘えて、いただくことにした。  そんなこんなで、うどんを食べているとふと、店の片隅にあるテレビの映像が目に入った。  丁度、海難事故のニュースが流れていた。近所ということもあって、他のお客さんも興味深そうに見ていた。 『……本日お昼頃、C県K市の沖合で漁船が転覆し、乗組員四人が行方不明になっていましたが。全員救助され、病院に搬送されました。四人は、命に別状はないということです』  ああ、それはいい知らせだ。狐乃音の表情が和らぐ。 「よかった」 「よかったね」  狐乃音の活躍によって、男達の命が救われたのだ。狐乃音はホッとしていた。どうやら、お役に立てたようだ。  と、そんな時。 「お待たせしました」  お盆に載せられた丼が、お兄さんの前に差し出された。 「……。うきゅっ!?」  狐乃音は、とてもびっくりしていた。 「どうしたの?」 「お、お父さん! 何ですか? その真っ赤っかな食べ物は!」  例えるなら灼熱のマグマのような、鮮やかな朱色のスープ。その上に、白い刻み葱。 「ああ、これ? 郷土料理っていうのかな。この地方で有名な、辛口のラーメンなんだ」 「そうなのですか!?」 「うん。担々麺ってやつ。……まあ、だいぶ独特なやつだけどね。芝麻醤(チーマージャン)っていう、練りごまを使ってなくて、ラー油がベースだから。見た目がものすごいインパクトだよね」 「ものすごく辛そうです! 食べても大丈夫なのですか!? 辛くて火を吹いちゃったりしないですか!?」  狐乃音はお兄さんのことを心配しているみたいだった。 「あはは。意外とね、こう見えて辛さは控えめなんだよ」 「本当ですか!?」  にわかには信じがたい。本当だろうか? 狐乃音はそう思った。 「試しにちょっと、食べてみる?」 「……。はいぃ。ちょっとだけ、食べてみたい、です」  怖いもの見たさというものだ。狐乃音は子供のような見た目の通り、好奇心旺盛だった。  お兄さんは店員さんに小皿をくださいと頼んで、そしてレンゲと箸で、麺とスープを取り分けてくれた。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます! ……で、では。ちょっとだけ。いただきます」  狐乃音はお箸を上手に使いながら、真っ赤っかなラーメンをちゅるちゅると食べて、スープも恐る恐る飲んでみた。  辛さに備えてお冷やをたっぷりと用意しておきながら。 「……本当です。お父さんが言った通り、辛さは控えめなのですね」 「でしょ」 「おいしいです~」 「もっと食べてみる?」 「でも。お父さんの食べる分が……」 「僕はそんなにいっぱい食べる方じゃないから、大丈夫だよ」  お兄さんは狐乃音の答えを待たずに、追加分をたっぷりと小皿に取り分けてくれた。この子は遠慮してしまうから。 「ありがとうございます。私。その……。すごくお腹、すいちゃって」  どうやらきつねうどんとお稲荷さんだけでは、足りなかったようだ。 「そうだよね。狐乃音ちゃん、大活躍だったもの」  思えば、今日はたっぷりと体を動かした。車に乗って帰る途中、眠ってしまうかもしれない。 「……。あ、あれ?」 「どうしたの?」  真っ赤なラーメンを食べて行くうちに、狐乃音はあることに気付いた。 「何だかその。……気が付いたら私、汗が出てきちゃいました」 「あはは。そうなんだよね。このラーメンってさ。食べているうちに気が付くと、汗だくになっているものなんだよね」 「そうなのですか!?」 「海で働いている漁師や海女さんがね。海で冷え切った体を温めるために、好んで食べたって言われているよ」 「なるほどなのです~! これを食べたら、体がぽっかぽかになりますよね!」  いろいろとハプニングはあったけれど、お出掛けはとっても楽しかった。  狐乃音とお兄さんは笑顔。  その様は、本当の親子のよう。  また連れて行ってくださいねと、狐乃音はお兄さんにお願いをするのだったとさ。
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