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8.海上を駆ける
限りなく黒に近い青。
そこに、一筋の光が差し込んでいく。
それはあたかも、白い絵の具が混じり合うかのように、濃い青が少しずつ明るくなっていく。
そうしてやがて、雲一つない空になっていた。
澄みきった、空の色に。
「うきゅぷひゃっ!」
紅白の巫女装束は、海の中で魚のヒレのように自在に動いて、推進力を生んだ。
狐乃音は海中から、助けた男を背負ったまま、潜水艦が浮上するかのように現れたのだった。
ぶるぶるぶるっと犬のように頭を振って全身の水を払い、お腹の底から力を込めて叫んだ。周囲にいるであろう、協力者達に呼びかけるために。
「こちらは大丈夫ですっ! そちらはどうですかっ?」
狐乃音の分身たる式神の三人は、同じように男を背負っていた。
「問題ありません!」
「大丈夫です!」
「早く行きましょう!」
三人からの返答に狐乃音は頷きながら、お兄さんが待っている浜へ向けて、全力で駆け始めた!
「うきゅっきゅっきゅっきゅ~~~~っ!」
「急ぐのです急ぐのです急ぐのです~~~~!」
「ダッシュなのです~~~~!」
「全速前進です! でもでも、お兄さんに連絡もするのです!」
四人の狐乃音が海上を駆ける!
狐乃音なりに、男達に応急処置は施した。
神としての不思議な力を少しだけ使い、たっぷりと飲み込んでしまった海水を無理なく吐き出させた。けれど、それが限界だ。
もし、本格的な治療をするとなれば、恐らく狐乃音の体が持たないはずだ。疲れ果てて動けなくなるのが目に見えている。狐乃音が持つ神としての力は、ハイブリッドなエンジンとは違い、大層燃費がよろしくないものなのだ。
だから狐乃音はこうして、お兄さんのもとへと急いだ。それが最善だと判断して。
「お兄さん、私の声が聞こえますか? 今、大急ぎでそちらに向かっています! きゅうきゅうしゃです! きゅっきゅっしゃを! きゅーきゅーしゃを呼んでください! お願いします! う~~~きゅ~~~っ!」
四人とも夢中で走っている。そのせいか、足の動きがとても早くて、漫画でありがちな表現……渦巻き模様(◎)のように見えた。
ドタバタとコミカルな様子だけど、状況は切迫していた。
そして……。
「わっ!」
ずどどどどっと、狐乃音が浜に突撃してきた。しかも何故か四人も。
その様子に、お兄さんは驚いたけれど、落ち着いていた。
お兄さんは狐乃音と出会ってから、ちょっとやそっとの超常現象では動じなくなったのだ。
四人の狐乃音は男達を砂浜の上に優しく寝かせてから、お兄さんに向かった。
「お兄さんっ!」
「救急車をっ!」
「呼んでくださいっ!」
「お願いしますっ!」
ぜーはーぜーはーと、苦しそうに息をしている狐乃音(×4)に、お兄さんは穏やかな口調で言った。
「大丈夫。もう、連絡したよ。救急車は、すぐに来てくれるよ」
「そうですか~!」
「よかった~!」
「早く来て欲しいのです~!」
「ほっとしました!」
まるで四つ子のようだねと、お兄さんは思った。そして、当然の疑問を抱く。
「……どうして狐乃音ちゃんが四人いるの?」
「あ、それは……。えっと。皆さんは私の、式神さんなのです。おぷしょんさんなのです」
律儀に自分の分身を紹介する狐乃音。
「そうです! 私たちは、式神なのです!」
「よ、よろしく? なのでしょうか? はじめまして、なのでしょうか? うきゅ……。何か変ですよね、それ」
「みんなで協力しました~!」
四人もいると、とても賑やかなのは間違いない。
「そっか。これが狐乃音ちゃんの秘策だったんだね」
「そうなのです。……皆さん、お疲れ様でした。また、力を貸してくださいね」
狐乃音は分身に対して、ぺこりとお辞儀。
「お疲れ様でした!」
「いつでも呼んでください!」
「さようならなのです!」
やがて三人の狐乃音は元の姿……紙人形へと戻っていった。
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