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6.計画を練り直せ!
結論から言うと、窃盗団は皆取っ捕まった。
条がこっそりと軽トラでトレーラーの後をつけ、千秋が持っていたスマホで、警察に通報してやったのだ。
条は、見つからないようにと慎重に、軽トラを走らせた。見つかれば、危害を加えられる恐れすらあるのだから。
情けない事に、腕っ節にはまるっきり自信が無いのだ。臆病さが逆に功を奏した。
そうしてやがて、二人は窃盗団のアジトと思しき場所を突き止めたのだった。
こんな時間に何をしていたのだ?
駆けつけたお巡りさん達からそう指摘されるのを見越して、条は積み込んでいた犯行用の道具をこっそりと物陰に隠しておいた。ダミーのナンバープレートも取り外して、証拠を隠滅した。
『いやーはっはっ! 俺ら何せ無職で暇をもて余してるんで、真夜中のドライブにでも行こうかなーなんて思ったんですよ!』
『そうっすそうっす! 男二人でむさ苦しいっすけど、ドライブで気晴らしをっすね!』
『そんでもって、喉が乾いたなーなんて思ってですね。あそこでコーラでも買おうかなんて思っていたらですね。あ~らびっくり』
『あいつらが、自販機をまとめてかっさらおうとしていた。ってなことなんっすよ!』
おかしな連中だ、とでも思われただろうか?
あるいは、怪しまれただろうか?
ともかく、悪い奴をとっ捕まえることに協力したのは確かなわけで、感謝はされた。それは間違いなかった。
全てが終わって、自宅に戻った二人。
「……何だか。気が抜けちまったなぁ」
「そうっすね」
尻すぼみと言おうか。実に盛り上がりに欠ける展開だった。結局、レンタカーの費用は丸々無駄になってしまった。
それにしても、何という偶然だろうか。こんなこと、なかなか起こるものではないのは確かだ。
「つまりあれか。俺達ぁ。こそ泥にもなれねぇ半端者ってことかいな」
そう考える条と、前向きな千秋。
「やっぱり、悪い事はしちゃいけないって事なんじゃないっすかねぇ」
自宅で呆然とする二人。
依然として、財政難は解消されていない。
全ては振り出しに戻っただけなのだ。
「兄貴。俺も改めてよく考えたっすけど。……生活保護、申請しましょうっす」
「ナマポかよ……。やれやれ」
忌まわしい単語を聞いて、心底嫌そうな顔をする条に、千秋は言った。
「気持ちはわかるっすけど。今はもう、プライドとか、手段とか選んでられる状況じゃねえっすよ」
「そうなんだがなあ」
条も、わかってはいるのだ。
当座、死なないようにしなければ再就職もままならないのだ。
「俺たちは、いつだって一生懸命やってきたっす! それだけは、誰にも文句を言わせねえっす! ……それなのに、世の中は俺達にロクすっぽ報酬を出さねえで、ぶっ壊れるまでコキ使ってばかりっす! そりゃ、こんなクソったれな世の中どうなっても構わねえだなんて、俺も一瞬思ったっすよ!」
だから千秋も、半ば自棄っぱちで、自販機泥棒をやっちまおうという気になった。
条も、全く同じ気持ちだった。
実のところ条は、落ちついていそうな雰囲気を醸し出しながら、緊張でがくがくと震えながら『や、やってやる! やってやるぞ畜生! 自販機を一台かっさらってやるぞ!』と、強がっていたのだ。
でも、と千秋は思った。
「……だから。逆に世の中を利用してやるんすよ。当然の権利を主張するだけっす。今までたんまり税金を収めてきて、不正需給でもないんだから、何も恥ずかしく思うことなんてないんす。生活保護で、体勢を整えて。それでっすね……」
「セーフティネットを活用して、地道に、再就職先を探す。か」
「そういうことっす」
本当に、ままならない世の中だ。
でも、バッドエンドというわけではなさそうだ。例の事件が起きて、不幸中の幸いだっただろうか?
「それしかねえよなぁ」
「それしかないっす」
「まぁーた、クソみたいな態度の面接を受けて。面接官に散々見下されて、欠点をネチネチ指摘されて落とされて、ムカムカすんのか。やれやれ」
考えるだけで、憂鬱になる。
「今時、アホな圧迫面接なんてするとこは、こっちから願い下げにしてやればいいんすよ! 証拠ぶっこ抜いて、ネットで全世界に向けて恥を晒してやるんすよ!」
「たくましいな、お前」
でもまあ、そうかと条は思った。
「多分、お前の方が先に再就職するだろなぁ。……俺。なかなか採ってもらえないかもしれねえけど。それでもいいか?」
腐り果て、ようやくのことでやる気を取り戻した条に、千秋は笑顔を向けた。
「全然構わねっすよ! 兄貴の価値がわかんねえアホ会社なんて、気にすることねえっす!」
千秋は条を励ましてくれていた。いいやつだなこいつはと、条は思った。
「早く再就職して、少しくれえ貯金貯めて……。そしたら嫁さんでも探すんだな。俺みてえなろくでなしと一緒にいると、女運も下がるってもんだぜ?」
千秋はぶんぶんと頭を振った。
「そんなことねっす! 俺、今の生活がけっこう気に入ってるんすよ? 兄貴と一緒だと、楽しいっす!」
そう言ってくれて、条は気が楽になった。
「そうか。……そういやお前、フォークの運転免許持ってたよな?」
「そうっすね。だから、倉庫整理でもないか、探してみることにするっす」
「ああ、それがいい」
どんなに困窮していても、二人はスマホは持っていた。それがないと、再就職活動すらままならないのだから。
「兄貴は、どうするっすか?」
「俺か。どうすっかなぁ」
悪事に手を染める直前に、二人は立ち止まることができた。
何もかもが中途半端だと、二人は揃って思ったけれど、それでもいいかと割り切ることにした。
「また、介護でもやるか。……ぶっ倒れない程度に働けるところならいいんだがなぁ。残業が多すぎてとかさ。あの業界、ブラックばっかりだから、嫌になるぜ」
仕方がないが、以前いた業界にまた戻るかと、条はちょっと考えてみた。
「どうしようもない職場だったら、何度でもやり直しましょうっすよ!」
「前向きだな。お前」
弟分を見ていて、俺も少しでも前を向いてみるかと、条は思うのだった。
悪い事はできないものだ。
とにかく、計画を練り直そう。
とりあえず、近いうちにハロワに行ってみようと、二人は揃って決めた。
どんよりとした曇り空に光が差し込むように、悪に落ちかけていたいがぐり団の明日は、少しばかり明るくなっていったのだった。
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